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ファーストリテイリング柳井会長に見る経営者のセンス

優れた経営者の条件(5)抽象と具体の往復運動

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
センスのある経営者の条件とは何か。時間的な奥行きと広がりを持った、直列の思考こそが戦略を左右するだろう。さらにセンスのある経営者は、どんなに具体的な場面からでも抽象的な論理を引き出すことができる。ファーストリテイリングの柳井正会長を例に、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏が解説する。(2017年11月16日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「優れた経営者の条件」より、全8話中第5話)
時間:10:52
収録日:2017/11/16
追加日:2018/01/27
≪全文≫

●時間的な奥行きと広がりこそが戦略構想力を決める


 センスのある経営の第3の条件は、思考が直列だということです。センスのない人が戦略を考えると、箇条書き大作戦になってしまいます。要するに、ToDoリストのようになってしまうのです。そうではなくて、つながっているということが大事です。これは『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社、2010年)に詳しく書きましたので、よろしければ御一読ください。

 商売事には飛び道具がありません。ところが、センスのない人は戦略をつくるとなると、すぐに飛び道具を探しに行ってしまいます。何をやるにしても、AIでもFinTechでも構いませんが、「こうすればああなって、ああすればこうなる」というようなストーリーの中に位置付けて初めて意味が決まります。算数の時間に順列組み合わせを習ったと思いますが、戦略は組み合わせではありません。むしろ順列です。順列の中で初めて一つ一つのアクションやディシジョンの意味が決まるのです。

 組み合わせと順列の違いは、時間が入っているかどうかということです。時間が入ってくると、ビンタしてから抱きしめるのと、抱きしめてからビンタするということでは意味が変わってきます。こうした時間的な奥行きがなくなってくると、すぐに「シナジー」などと言い出す人が現れます。私はこれがセンスのない人の特徴だと思っていて、「シナジーおじさん」と呼んでいます。その人の頭の中は、全てが組み合わせ問題になってしまっているのです。時間的な奥行きが失われています。

 しかし実際には、時間的な奥行きと広がりこそが戦略構想力の8割方を占めているのです。私がセンスがあると思う人は、「それでだ…おじさん」です。例えば、「社長、どうやってもうけるんですか」と聞くと、「まずこういうことをやるでしょう。そうすると、だんだんこうなってくるよな。そうすると、こういうことができるようになるじゃないか。それでだ」と応えてくれる人です。ここには思考の時間という奥行きが見られます。


●センスとは抽象と具体の往復運動だ


 次に4つ目の条件です。一言でいうと、センスとは抽象と具体の往復運動です。

 私はずっとファーストリテイリングを手伝ってきましたので、会長の柳井正氏を例に取りましょう。

 商売というものは、ありとあらゆることが具体的です。成果は具体的にしか意味を持ちませんし、指示は具体的でなければ出せません。問題も必ず具体的に発生します。ただし本当にセンスがある人は、どんな具体的な状況に直面しても、「要するにこういうことだ」と、一段階より抽象化して論理を得ることができます。そして、その論理を頭の引き出しに入れておくのです。この引き出しが非常に充実している人は、私の見るところ、センスがある人です。

 往復運動を図に表すと、こういうことになります。例えば問題が発生しました。問題は非常に具体的です。ユニクロでいえば、ある時期、思ったほど男性の長袖白シャツのボタンダウン襟の商品が売れませんでした。これは具体的な問題です。ここでセンスがない人はすぐに横の具体に行ってしまいます。他の色はどうか。襟がボタンダウンではないシャツはどうか。女性はどうか。天気の問題かもしれない。顧客のPOSデータを見てみよう。競争相手はどうなっているのか。こうしたことを調べる人は、センスがないわけです。

 柳井氏は絶対にそういうことをしない人だと、私はつくづく思います。あらゆる具体的な問題を見て、無意識のうちかもしれませんが、すぐに「どうもこういうことなんじゃないか」と引き出しから論理を取り出してくるのです。今まで自分が蓄積してきた論理です。そこから問題の本質を見抜き、こうすれば解決するだろうと言って、具体的な指示が出てきます。実際のところ、これが2.5秒ほど、つまり一瞬のことなのです。

 つまり、呼吸をするように具体と抽象の往復運動をしている人は、「要するに」という部分が豊かなのでしょう。

 そのような人を見ていると、毎日新しい現象が次から次に生まれてきても、いつかどこかで見た風景という感じで処理できています。つまり、具体的には全く新しくても、論理的には「いつかどこかで来た道」と同じです。俗にいう意思決定が速いとかぶれないということも、こうしたことを指しているのでしょう。

 このようにセンスとは、具体と抽象の往復運動の振れ幅が大きく、頻度が多く、スピードが速いことを意味するのだと、私は考えています。


●「こうなるだろう」ではなく「こうしよう」


 センスがある人の5つ目の条件は、インサイドアウトです。センスがない人のことを考えた方が分かりやすいでしょう。

 有名なトルストイの『アンナ・カレーニナ』の書き出しに、...
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