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世界初のジェット旅客機コメットが墜落事故を起こした原因

航空機事故ゼロをめざして(2)金属疲労と試験方法の改良

鈴木真二
東京大学未来ビジョン研究センター特任教授
情報・テキスト
1954年1月、世界初のジェット旅客機コメットが地中海上空で墜落事故を起こす。調査の結果、胴体の金属疲労が原因と判明、疲労試験と航空機の設計の見直しが要請されることとなった。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授の鈴木真二氏が、コメットの墜落事故の詳細、さらにその後の対策について解説する。(第2話)
時間:12:05
収録日:2017/10/30
追加日:2018/02/03
≪全文≫

●コメットの事故は胴体の金属疲労が原因である


 次に、金属疲労で墜落したコメットのことをお話しします。コメットは、戦後イギリスで開発された世界初のジェット旅客機です。初飛行は1949年、就航は1952年です。世界初のジェット旅客機ということで、非常に注目を集めました。ロンドンから南回りで羽田までの就航も始まっていました。

 ところが1954年1月10日、ローマのチャンピーノ空港を離陸したコメットが、地中海上空で行方不明になったのです。当初は破壊工作、つまりテロも考えられました。遺体と部品は地中海から回収されましたが、はっきりした原因は特定されませんでした。

 事故後に取られた対策は60以上だったといわれています。3月23日には運行が開始されましたが、しかし4月8日に、同じローマの空港を離陸したコメットが、再び地中海上空で墜落事故を起こしました。イギリス政府は徹底的な事故原因究明を開始するために、地中海から破壊されたコメットの部品を回収し、地上でそれを組み合わせました。結果的に、胴体の金属疲労が原因だと判明しました。


●設計当初の疲労破壊の見積もりが全く正しくなかった


 零戦のフラッターの原因ともなった金属疲労とは、どういうものでしょうか。金属は繰り返し力をかけると、非常に弱くなって疲労破壊を起こします。通常の金属である鋼材は、板厚を上げて、かかる荷重を小さくする設計にすれば、疲労を防ぐことができます。これは「疲労限度がある」という言い方をします。ところが、航空機の材料として多用されるアルミ合金(ジュラルミン)には、こうした疲労限界が存在しないということが知られています。つまり、どんなに小さな力であっても、何度も力がかけられれば疲労し、壊れてしまうということです。

 胴体が疲労破壊を起こすのには理由があります。ジェット旅客機が飛行する成層圏は、気圧が大気よりも非常に低くなっています。酸素濃度が下がって乗客を不快にしないためには、胴体の中で与圧、つまり高い圧力をかけなければなりません。そして、機体が着陸すると与圧は下がります。つまり、飛行時には与圧し、着陸時には与圧を解除するのです。こうして離着陸を繰り返すうちに、疲労試験を行っているのと同じ状態になるわけです。

 イギリス政府は、コメットの事故はこうした金属疲労が原因だったと考えました。そこで、コメットの胴体を水槽の中に沈め、胴体の中に高い水圧をかけ、またこれを除くという与圧疲労試験が行われました。設計上は、離着陸の回数が5万4千回と想定され、荷重を繰り返しかけても安全なようにできていたはずでした。

 しかし、この水槽試験では、わずか3,060回で胴体に亀裂が発生しました。要するに、設計当初の疲労破壊の見積もりが全く正しくなかったということです。実際、1度目の事故機は1,290回、2度目の事故機は900回しか離着陸を行っていませんでした。回収された機体を調べたところ、天井のアンテナを設置する窓から亀裂が発生していることが見つかり、胴体の金属疲労が空中分解の原因であると特定されたわけです。


●試験方法に未熟な点があった


 コメットの製作段階でも、すでに疲労試験が行われていました。それではなぜ疲労破壊の見積もりが不正確になってしまったのでしょうか。金属疲労が起きるということはすでに知られていましたが、コメットは世界で初めて開発されたジェット旅客機です。金属製の胴体による成層圏飛行を実現した、民間機としては最初の機体でした。そのため、試験方法にまだまだ未熟な点があったのです。

 疲労試験を行う前には、胴体の静的な荷重試験、つまり1回だけ荷重をかけて、壊れるかどうかを見る試験が行われていました。内部の圧力は通常の2倍に設定されていたのです。これが原因で、胴体の金属に塑性変形が残留し、疲労に対してむしろ強くなっていたのです。塑性変形とは、荷重を取り除いても形が元に戻らないような状態を指します。

 また、先ほどの水槽試験のように、胴体全体に内圧をかけるのではなく、胴体の一部のセクションを切り出して、その部分だけに内圧をかけるという実験でした。これも正確な疲労試験にならなかった理由でしょう。

 現在の航空機開発でも、胴体の疲労試験は義務付けられています。ただし最近は、水槽の中に沈めて実験を行うことはせず、窒素ガス等の不燃ガスを胴体内部に充満させて荷重をかけ、試験を実施しています。


●亀裂が発生しても胴体全体が破壊されない構造が開発される


 コメットの事故後には、徹底的な試験法が義務付けられました。しかしもう一つ、重要な教訓があります。コメットは胴体に亀裂が発生し、空中分解してしまいました。そのため、たとえ亀裂が発生しても、胴体全体が破壊することのない構造、設計様式が開発されたのです。また、そ...
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