●結果論でエラーかエラーではないかが判断されている
事故やヒューマンエラーの問題に対して、色々な企業が気にしているということで、今回はヒューマンエラーに対する考え方の根本を、整理しておこうと思います。
スライドには「事故」、「行動」、「要因」と書かれていますが、行動が事故に関わった場合には、それは「エラー」だと言われることになります。しかし、エラーと言われているものが、最初からそう認識されていることはまれでしょう。実際には、事故が起きたからこそ、その行動がエラーだと呼ばれている場合がよくあります。事故が起きていなければ、それはエラーだと見なされていない可能性があるのです。つまり、結果論でエラーかエラーではないかが判断されているのです。
●人的信頼性は環境要因も含めて1にならない
それゆえ、われわれ研究者はエラーという言葉を普通使わず、行動という言い方をします。専門的な研究分野でも、「エラー何とか工学」という言い方ではなく、「人的信頼性解析」や「人的信頼性を考えるための工学」といった言い方です。その際、「信頼性」という言葉からも分かるように、エラーではなく成功の確率が問題にされています。つまり、もともとの方向性としては、人の作業の成功確率を高めていく方法を研究するということなのです。人的信頼性(human reliability)を1に近づけていくためのシステム設計を行うのが、ヒューマンエラーに対する対応策であり、そこには人間工学的なことも含まれています。
ただし、世の中的には、どうしても「安全」よりは「事故」と言った方が通りは良いですし、「人的信頼性」と言ってもピンと来ないでしょう。そこで、ヒューマンエラーと言った方が分かりやすいのではないか、ということになっています。しかし、やはり問題もあります。エラーの問題にされてしまうと、確率への考慮がなくなってしまい、単にエラーか、エラーではないかというゼロイチの話になってしまうからです。エラーを起すか起こさないか、白黒つけるということが問題になれば、エラーに対する防止ということだけがクローズアップされてしまうでしょう。
こうした意味で、むしろ「信頼性」という枠組みが重要になります。エラーが起こりやすいか、起こりにくいかというイメージです。実際にエラーは定義できないので、行動がうまくできるか、できないかが問題なのだと考えてください。
これまで、人間の仕事は100点にはならず、せいぜい95点でしかないと述べてきました。それは、人間の人的信頼性が環境要因も含めて1にならないという意味です。「良い仕事」とは、この信頼性をどれだけ1に近づけていくのかということにかかっています。
●電子レンジは、加熱途中でドアを開ければ停止する
さて、安全対策には大きく分けて2つあります。スライドには2つの壁がありますが、一般的にヒューマンエラー対策と言われているのは右の壁、つまり人間が何かをしても止まる、あるいは動かないといったシステムです。
例えば電子レンジは、加熱の途中でドアを開ければ、停止します。つまり、あれはエラーなわけです。本当は1分と設定したのに、それ未満で開けてはいけないはずです。実際、かつて電子レンジが最初に開発された時には、途中で開けてしまっても加熱は止まりませんでした。しかし、それでやけどした人がいるので、止まるように改良されたのです。専門的には「フールプルーフ」と呼ばれます。
また、列車でも、今はほとんどの場合、前の列車に近づけば自動的に停止するように、線路にたくさんのセンサーが付けられています。これもスライドの右の壁です。今は、列車をぶつけようとすることの方が不可能になっています。つまり、どんな行動をしても絶対にぶつからないようにつくられているのです。新幹線は絶対にぶつかりません。もちろん、テロか何かでシステムが破壊されれば別ですが、現在では、二重、三重の防御壁まで付いていますので、システム的にぶつかるということは、非常に低い確率でしか起こりません。
ところが、右の壁をつくるためには、設備投資が必要になる場合も多く、よほど大きな事故があった後でなければ対応策として不可能ですし、非常に費用もかかります。何でもかんでもつくるというわけにはいきません。また、右の壁の行き着く先は、人間が何も触ってはいけないという状況です。したがって、現実的には、トラブル対策として右の壁をすぐにつくることはできません。
●チェックリストは、エラーに対するリカバリーだ
そこで、装置やシステムとしてではなく右の壁をつくるものとして出てきたのが、チェックリストになります。人間が何かをしても、見つければ済むじゃないか、という発想です。チェックリストで防いでいるのは、実はエラーではありま...