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リスクを許容しなければリスクマネジメントは不可能

ヒューマンエラーと経営戦略(6)未然防止とリスクの許容

岡田有策
慶應義塾大学理工学部管理工学科 教授
情報・テキスト
慶應義塾大学理工学部管理工学科教授の岡田有策氏が、事故の分析で日本企業が陥りやすい誤謬について解説する。事故の分析といえば、すぐにレアファクターばかりが検証されるが、未然防止にとって重要な事は、普段の状態、すなわち定常作業の分析である。リスクを許容しなければ、リスクアセットもマネジメントも不可能だ。(全10話中第6話)
≪全文≫

●レアファクターばかり分析する傾向が強い


 要因をしっかり見て分析し、対策を取るということは、安全に関わる問題だけでなく、色々な形で世の中の改善を考える場合に、必ず行われるものです。要因分析をする場合には、定常作業と非定常作業を区別しなくてはなりません。定常作業が事故の起きていない場合、非定常作業が事故の起きた場合です。

 さて、事故の分析をするためには、本来ならば、スライドにあるようにコンスタントファクターからレアファクターまで、まんべんなく出すことが必要です。しかし、レアファクターばかり分析する傾向が大変強くなっています。目に付きやすいからでしょう。

 例えば、今、100ミリリットルしか入らないコップが2つあるとします。Aのコップには60ミリリットル、Bのコップには80ミリリットルの水が入っています。雨が降ってきて、両方のコップに30ミリリットル入ってしまいました。Aのコップは90ミリリットルで我慢できました。Bは110ミリリットルになって、10ミリリットルこぼれました。

 Bのコップの持ち主は、得てして、降雨量の30ミリリットルを分析したがります。もし降雨量が20ミリリットル以下であれば、こぼれなかっただろうというわけです。30ミリリットルを、どうにかして20ミリリットル以下にできないかと考えてしまうのです。これが、ここでいうレアファクターです。あるいは、雨が降っていて滑ってしまった場合、普段の歩き方を考えるのではなく、雨でも大丈夫な靴や傘、通路はどうすればいいのかと考えてしまうのが、レアファクターです。

 このように、人間は要因分析をする場合に、事故のときだけのものを扱いたくなってしまうのです。事故の要因さえ排除すれば、事故は起こらないだろうと、こうしたロジックを組んでしまいます。確かに間違ってはいないことですが、しかし本当は、コップの例でいえば、80ミリリットル入っていたものを60ミリリットルにしておけば、雨が降っても水がこぼれなかったはずなのです。


●未然防止で大事なことは定常作業だ


 したがって、未然防止で大事なことは、定常作業の段階、つまり普段の事柄なのです。未然防止とは、将来起こり得る事故を想像して対策を取ることではありません。普段のコップの水を減らしておくことが、未然防止なのです。

 ところが、未然防止というと、あたかも超能力のように、将来起こり得る事故を想像して対策を取ると思い込んでいる人がたくさんいます。だから話がおかしくなってしまうのです。しかし、本質はそうではありません。普段からコップの水を60、さらには50ミリリットルに下げておけば、色々なものに対応できるということが、未然防止なのです。

 同様に、エラーの防止を考える場合にも、エラーを分析しようとするのはよくありません。エラー自体が事故と連動しているものだからです。事故のときに起こったものが、エラーと見なされているのです。


●再発防止の徹底は、現場に無理を言うことになる


 先ほどのスライドに戻れば、事故やエラーを防止しようとすると、安全対策が右の壁に集中してしまうことになります。それは、事故のときしか起こっていない要因に目を付けてしまうからです。確かに、AとBを比べてみて、その差分をなくせば、エラー防止になるというのは、分かりやすいロジックです。そして、分かりやすいロジックに対して出てきた答えは、誰でも承認しやすくなります。

 しかし、大きな問題が3点あります。第1に、右の壁はもうすでに十分つくられているということす。再発防止が全然なされていないのであれば、再発防止に努めるのは当然でしょう。しかし、たいていの会社はもうその段階を済ませています。コップの例でいえば、降雨量30ミリリットルはもうほとんど減らせない状態です。したがって、いくら降雨量30ミリリットルを分析しても、すずめの涙も減りません。こうした状況で起きやすいのは、現場に無理を言うことです。「とにかく徹底せよ」という、訳の分からない精神論しか残っていません。これでは、第2次世界大戦と同じです。


●リスクマネジメントのためには、リスクを許容せよ


 第2に、事故を二度と起こさないようにしようとする態度は間違いだということです。本質的に大事なことは、事故が起こるかどうかにかかわらず、リスクという観点、さらにはその先にある損失という観点に立って、自分たちの会社にとって何が起きてはならないのかを考えることです。何でもかんでも事故、エラーと呼んで、それをなくそうとするのは、非常に無責任です。

 リスクをアセットしたり、マネジメントしたりするためには、リスクを許容することです。絶対安全などということはありません。飛行機を飛ばせば、墜落する可能性があるし、列車を走らせれば、ぶつかる可能性があります。科学技術...
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