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Wikipediaが他サイトと違って成功した理由

創造的な場を支える仕組みを研究する(2)Wikiの登場

江渡浩一郎
産業技術総合研究所 主任研究員/慶應義塾大学SFC 特別招聘教授
情報・テキスト
メディアアーティストで国立研究開発法人産業技術総合研究所知能システム研究部門主任研究員の江渡浩一郎氏を悩ませた問題は、共創プラットフォ-ムがどのようにして生まれるかが分からなかったことだ。だが、江渡氏はアレクザンダーのパターンランゲージに着目することで、それがWikipediaの成功につながったと解明した。その歴史の解説に耳を傾けよう。(全10話中第2話)
≪全文≫

●Wikipediaの仕組みを使って成長したのはWikipediaだけ


 前回述べたように、共創プラットフォームの研究を続けてきましたが、非常に難しい問題があります。それは、共創がどのように生まれるかが、なかなか分からないことです。

 例えばWikipediaの例を取りますと、Wikipediaは非常に巨大で有名な存在になりましたが、これが2001年に誕生し、広まりかけた頃、多くの人がトライしました。わが社もWikipediaのような仕組みのものを作れば、多くのユーザーが参加して勝手に育ててくれたりする、と考えたところが多かったので、実はその頃Wikipediaのようなサイトがとても多く立ち上がりました。ですが、実際にはそれらはほぼ全て失敗しました。ですので、Wikipediaの仕組みを使って成長していまだに残っているのは、ほぼWikipediaだけだといえます。

 なぜそんなことが起こるのでしょうか。Wikipediaという仕組みはとても単純なもので、システムに何か不思議があるわけではありません。しかし、その使い方やルールが他と違って何らかの独創的なものであり、だからWikipediaは成長していったに違いありません。では、なぜその条件の違いが生まれるのか。それが気になり、調べてみました。


●クリストファー・アレクザンダーの「パターンランゲージ」


 これは『パターン、Wiki、XP』(江渡浩一郎著、技術評論社)という本ですが、ここではクリストファー・アレグザンダー氏のパターンランゲージという考え方に端を発し、ソフトウェア開発業界で生まれた、ある革新的な考え方がWikiに引き継がれていると考えています。それを、順に説明したいと思います。

 クリストファー・アレグザンダー氏はとても変わった建築家です。何が変わっているかというと、建築家なのに建築家が要らなくなる手法を開発したことです。彼は、建築家ではなく、ユーザーが直接、自分で作りたい建築を設計すると考えました。そうすると、ユーザーが自分の作りたい建築を設計するから、建築家は要らなくなります。

 なぜこのように考えたかというと、それは、どのような建築が望ましいかはユーザーが一番よく知っているはずであるという考え方によるものです。ですので、建築家が要らず、ユーザーが自分で建築を設計できるような手法を考えました。

 ただ、ユーザーを集めて「建築してください」と言っても簡単なことではなく、実際にはユーザーが建築できるようになるための方法論が必要です。そこで、その方法論としてパターンランゲージを考え出したのです。つまり、パターンランゲージを使うと、利用者(ユーザー)自身が建築設計を行うことができるということです。

 この考え方は一時期とても広まりまして、一番代表的な例がオレゴン大学です。1971年にオレゴン大学の大規模な改修が行われましたが、約2万人規模のコミュニティーが対象となり、そのコミュニティーの代表者が集まって建物のパターンランゲージを作り、そのパターンランゲージに従ってオレゴン大学の改修を進めていきました。そうすることによってその考え方を広めていき、もともと持っていた美しさを保ったまま、しかも使いやすい建築を実現できるようになりました。


●パターンランゲージのプログラミングへの応用と発展


 それが1970年代に実現されたことで非常に大きな影響があり、パターンランゲージは広まっていきましたが、挫折も経験しました。パターンランゲージを取り入れてみたがうまくいかなかったという例が多くあったのです。つまり、非常に大きな影響を与えた考え方で1970年代に大きく広まったけれども失敗例も多く、その後は忘れられた存在になっていたというのが、パターンランゲージの実態です。

 その状況が大きく変わったのは1987年以降です。2人のコンピューター科学者、ケント・ベック氏とウォード・カニンガム氏、この2人がパターンランゲージをコンピュータープログラミングに応用しようとしました。1987年当時というのはプログラミングがようやく始まった時代でした。オブジェクト指向という考え方に基づいてプログラミングをし、その設計方法論が求められていた時代なのです。

 彼らは、「使いやすいプログラムを実現するのはなかなか難しい。頑張って作っても使いにくいプログラムができてしまう。どうすればいいだろうか」というときに、「そうだ。この本の考え方を参考にしよう」ということで、パターンランゲージを参考にしたプログラミングの設計手法を考えました。「プログラミングをプログラマーが設計するのではなく、プログラムはユーザーが設計する。では、ユーザーはどのよう...
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