テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

日本版SBIRの再始動がイノベーション実現に必要

創造的な場を支える仕組みを研究する(9)日本版SBIR

江渡浩一郎
産業技術総合研究所 主任研究員/慶應義塾大学SFC 特別招聘教授
情報・テキスト
メディアアーティストで国立研究開発法人産業技術総合研究所知能システム研究部門主任研究員の江渡浩一郎氏は、「SBIR」というアメリカで行われているイノベーションのための予算に注目しており、その日本版の実現を目指している。(全10話中第9話)
時間:08:17
収録日:2018/04/19
追加日:2018/11/12
キーワード:
≪全文≫

●「SBIR」というイノベーションのための予算


 今、私が興味を持っているのは、イノベーション実現の仕組みをどうデザインすればいいのかということです。ニコニコ学会βもそれ以外の活動もそうですが、新しい発想があるのに、なぜそれが世に出て製品となって世界を変えていく、あるいは日本を変えていくということが起きないのか。これまで、そのことにずっと興味を持っていました。そのための仕組みとして私が注目しているのが「SBIR」です。

 SBIR(Small Business Innovation Research)は、イノベーションのための予算に関するもので、アメリカにある小さな会社を支援するための仕組みのことです。3段階の選抜方式があることが非常に特徴的で、まずPM(プロジェクトマネージャー)からある具体的な研究課題が与えられます。例えば、「超高温下で動作するマイクロチップを作れ」といったものです。これができると何がうれしいかというと、エンジンの中にマイクロチップを埋め込むことができ、そうするとエンジンを非常に高性能で動かすことができるようになるわけです。

 ということで、その課題を抽出することそのものがPMの役目で、それはすごく重要なのですが、まずその課題に対してアプライしてもらうわけです。主に若手の研究者やポスドク、もしくは博士課程の学生を対象としているのですが、彼らがそこにアプライして採択されると、半年から1年ほどの期間で1000万円ほどの賞金が与えられます。ここで重要なのは賞金というところです。つまり、研究費が組織に付いて使えるようになるということではなく、その個人に賞金という形で与えられるのです。その人はそのお金を使って研究を進めて、その目標をクリアできるように頑張るわけです。

 その後、1年ほどのところに、あるゲートが用意されています。これを「ステージゲート方式」と呼んでいますが、ゲートの目標を達成していたら次のステージに進めるのです。大体50パーセントほどが通過できるようになっており、次のステージに行くと、大体3年間で7000万円ほどの賞金として研究費が与えられます。そのお金を使って3年間という期間に生み出したシーズを製品として世に出せるように頑張ると、その3年後にまた新たなステージが用意されています。そのステージを通過すると、今度はお金ではなく、政府へ優先的に調達されるとか、もしくは民間のVC(ベンチャーキャピタル)などにつなげるといった形で、その研究成果が製品となって世に出ることを支援する仕組みになっています。

 アメリカでは1982年からSBIRという形で制度の導入は行われており、非常に成功しています。そのことが山口栄一先生(京都大学大学院総合生存学館教授)の『イノベーションはなぜ途絶えたか』という本に紹介されていますが、非常に素晴らしい制度だと思っています。


●内閣府で始まった日本版SBIRの再始動


 面白いことに、アメリカでは1982年に考えられた制度ですが、実は1999年に日本版SBIRが始動しているのです。名前も全く同じSBIRです。ですが、結果的にどうなったかというと、全く機能しませんでした。単なる中小企業への補助金が一個増えたというだけに終わってしまい、何の効果もなく、イノベーションも生まなかったのです。私がぜひ実現したいと思っているのは、簡単にいうと日本版SBIRの再始動です。

 実際には、すでにある程度始まりかけていて、内閣府では2017年11月から「内閣府オープンイノベーションチャレンジ」という新しい事業が行われています。面白いのは、内閣府が直接つながりのある消防庁や警察庁に具体的にどのような課題を抱えているかを聞いて、それを研究プログラムの課題にしているところです。

 例えば、消防庁であれば、消防服にマイクがあり、そこから無線で話すのですが、消防服が分厚いため、声がうまく届かないことがあり、ノイズが多い状況では無線機を使って話すことがとても困難です。これを円滑にするため、「ちゃんと声が届くような無線機を開発してほしい」という研究課題になっているのですが、あいまいな書き方でなく、必要な要件がはっきりと書かれているので、取り組むことが容易になっています。

 これは、実際には補助金ではありません。よって、研究補助金として見るとゼロなのです。どういうことかというと、提示した課題について公募し、採択したら、それをVCなどとつなげて、得られた製品を優先的に政府調達につなげるという仕組みになっているのです。よって、そこを狙って中小企業に呼び掛けるという形になっています。


●かつては政府調達で成長した日本の企業があった


 これは、もともとのアメリカのSBIRと比較するとステージの3つ目に相当するものです。製...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。