●「ザール」と呼ばれる儀礼がエチオピア北部に存在する
エチオピアでは、キリスト教、イスラムが主要な宗教ですが、祖先崇拝、あるいは自然に霊が宿ると捉えるアニミズムなど、さまざまな在来宗教と信仰の形態が確認されています。その中でも精霊と人のコミュニケーションを仲介する霊媒者が、エチオピア地域社会の政治経済、社会の中で重要な役割を果たすケースも報告されています。
エチオピア北部には「ザール」と呼ばれる儀礼があります。このザールは、北アフリカ、東アフリカから中近東に広く分布する憑依儀礼です。エチオピア北部はこの憑依儀礼の中心地として知られています。このザールという儀礼においては、「コレ」と呼ばれる精霊が憑依の媒体となる女性に憑依するとされています。憑依の媒体は、アラビア語起源の語で、馬を意味する「ファラス」という言葉を使い表現されます。すなわち精霊が霊媒を乗りこなし、彼あるいは彼女の口を通して人々へメッセージを与えると理解されるのです。
ザールは儀礼の依頼者の要請によって開催される場合と、宗教に関わる祝祭日に開催される場合があります。依頼者の要請によってこのザールが開催される目的には、病気の治癒や、人間関係の改善、あるいは学業の成績の向上であるとか、失くしたものを探すなどの目的が挙げられます。宗教に関わる祝祭日には、代表的なものにエチオピア正教会の聖人をたたえる日などが挙げられます。これらの祝祭日とザールの開催が、なぜ関連するのかは定かではありませんが、エチオピアの霊媒たちの言説によれば、精霊の好むマメであるとか、あるいはお香であるとか、地酒などが、こういった祝祭日においてはたくさん各家庭に集まりやすいから、そういったものを求めて精霊たちがやってくるといわれています。
●エチオピア正教会は「ザール」を邪教とするが、参加する修道士もいる
一方で、エチオピア北部の代表的な宗教である、エチオピア正教会はこのザールを邪教と認識しています。私が調査を行っているエチオピアの古都ゴンダールのある修道士は、このようにザールの起源伝承を語ります。
“神が12人の天使を創造した時のこと、暗闇がやってきて天使たちはとても不安になった。この12人の天使のうち、「ダビロス」という名の者が1人いた。彼は天使たちに、「私がお前たちを創造したのだ、私に付いてきなさい」と言った。天...