●日本の3倍の国土に、80以上の民族、100以上の言語が存在するエチオピア
私が研究対象としています、アフリカのエチオピア連邦民主共和国は、アフリカ大陸の北東部に位置します。エチオピアはアフリカ最古の独立国といわれ、西洋列強によるアフリカ分割の時代のなかでも、主権のある国家として独自の道を歩んできました。エチオピアの首都はアディスアベバであり、国土の面積は日本の約3倍になります。人口は約1億200万人です。エチオピアは低地と高地に分けられ、低地は雨が少なく、砂漠気候や乾燥サバンナ気候に分けられます。その一方、高地はほぼ年中、高原性の気候で冷涼です。6月から9月にかけては雨期となり、10月あたりから乾期が始まります。
エチオピアには、アムハラ、オロモ、ティグレをはじめ80以上の民族が存在します。そして、国土の中には、100以上の言語が存在するといわれています。その主な区分は、セム語派、オモ語派、クシ語派を中心とするアフロ・アジア語族、その他、ナイル・サハラ語族の言語も話されています。政府の主要言語はアムハラ語と定められ、アムハラ語が公用語的な言語として教育現場などで広く使用されてきました。
エチオピアの宗教は、キリスト教が約60パーセント、続いてイスラム教徒が30パーセントほどだとされています。キリスト教のマジョリティーはエチオピア正教会の信徒ですが、資料によっては、キリスト教徒、イスラム教徒がエチオピア国内に半々であると示すものもあります。近年は、プロテスタント教会に属するペンテコステ派の拡大が、エチオピア全土において著しいのです。
エチオピア正教会の起源は4世紀にまでさかのぼります。エチオピア正教会は、エチオピア帝国時代においては国教とされ、現在もエチオピア北部を中心に人口の半分近くの信者がいるといわれています。エチオピア正教会の教えは、庶民の生活や思考様式に極めて大きな影響を与えてきました。
エチオピアの経済は、過去10年ほどの間にGDPに基づいた経済成長率10パーセント前後という高い成長率を示してきました。エチオピアの主要な産業は農業であり、豆類、コーヒー、各種の穀物が主要な農作物として知られます。また、コーヒーや革製品が、特に主要な輸出品として知られます。
●「インジェラ」にふれずに、エチオピアの食文化を語ることはできない
エチオピアの代表的な作物として、イネ科の穀物・テフを挙げることができます。テフは主にエチオピア北部高地で栽培されています。その収穫期はだいたい10月から11月ごろです。このテフの種子を粉末にしたものを水と混ぜ、数日間発酵させ、エチオピアの主食である「インジェラ」というクレープ状の食べ物を作ります。
インジェラという食べ物についてふれることなく、エチオピアの食文化を語ることはできません。インジェラは、日本人にとってのお米に相当するといっても過言ではないです。エチオピアの大多数の人にとっての主食です。
インジェラを作るには、テフと水を混ぜ、数日間発酵させます。そして、そのどろどろとした液体を焼き、生地を作ります。これで「ワット」と呼ばれる肉や野菜のおかずを包んで食べます。肉のおかずにはウシ、ヒツジ、ニワトリなどが好まれます。エチオピアにおいてごちそうとされるドロウワットは、鶏肉をタマネギやトウガラシと煮込んだシチューであり、家庭において客人をもてなす際に出される代表的なインジェラのおかずです。
エチオピア北部のマジョリティーであるキリスト教、エチオピア正教徒が「ツォム」と呼ぶ精進期間は、動物性のタンパク質を避けることが習わしです。そのため野菜を中心としたおかずが好まれます。一番知られるものは、シロワットと呼ばれるマメを煮込んだシチューのおかずです。レストランなどではマメ類の他にもキャベツ、ジャガイモ、カボチャ、ビートなど色とりどりの野菜をインジェラの上に載せて出す、イエーツォムバエイナトゥーを食べることができます。インジェラにトウガラシを中心とした真っ赤なミックススパイス、バルバレを少し付けるとおかずのおいしさがますます引き立ちます。私自身、インジェラの何が好きかと聞かれれば、その独特の酸味を挙げるでしょう。
●一緒に食べようといわれても、断らなくてはいけない?!
ただし、インジェラの味だけでなく、エチオピアでの食とコミュニケーションをめぐる酸っぱい経験があったことも確かです。
私が長年調査を行っているエチオピア北部の古都ゴンダールにおいて、人が食事をする場に出くわすと、インネブラ(現地のアムハラ語で「さあ一緒に食べよう」という意味)という掛け声を必ずといっていいほど掛けられます。逆にいえば、食事をする場を見られた者は、知人であろうとなかろうと、この一種の儀礼的な言葉を相手に投げ...