●コロナ禍の時代にひびく詩人サアディーの警句
皆さん、こんにちは。
イランの中世の大詩人にサアディーという人がいます。サアディーは『果樹園』という名作の1つの中で、このように述べています。「苦難に遭遇する日がくるまでは誰も幸福な日の価値は分からない」。このように述べたサアディーの警句は、まさに新型コロナウイルスの感染拡大で亡くなった人々を追憶する私たち日本の市民にも、切々とひびくのではないでしょうか。
そして、このイランの詩人サアディーの偉大さは、彼の詩の中にコロナ禍を克服するための心構えともいうべきものが、既に含まれていることであります。こう述べています。「熱で寝たり起きたりする人のことを考えよ。病人は夜の長さを知るからである」ということです。つまり、そういう病人の苦しみ、そして病人が過ごしていくゆっくりと休むこともできない夜のつらさ、こういうことを思いやらなければならない、というわけです。
●イランをはじめとする中東の感染拡大と経済的影響
しかしながら現代を見てみると、肝心の現代のイランは中東における一大感染源となっており、もっと早くからサアディーの箴言に耳を傾けるべきだったのではないでしょうか。イランの感染者は2020年8月31日の時点(このお話をしている最新の時点)では、約37万5千人を数えています。これは前の日と比べて1642人も増えているのです。また、死者数は8月31日の時点で約2万1千人を数えています。前日比109人の増加です。
サウジアラビアとバーレーンはこのようにGCC(Gulf Cooperation Council、湾岸協力会議)の国々、すなわち自分たち2国にクウェートやアラブ首長国連邦、カタール、オマーンを含めた国々の間に、新型コロナウイルスによるコロナ禍を拡大させた責任は誰にあるかと問うて、はっきりとイランを名指ししているわけであります。
もっともコロナ禍が起きたからといって、中東の地政学的な重要性は変わることはありません。ただ、その優位性を生かした経済に大きな損害が出ているのは深刻です。2020年のGDPの成長率は、カタールのマイナス4.3パーセント、サウジのマイナス2.3パーセントをはじめ、軒並みマイナス成長であります。そして、サウジアラビアとライバル関係にあったロシアとの原油の価格競争の問題にひとまず手を打ち、原油の協調減産に両国が合意した後も、世界市場における中東石油、原油価格の回復ははかばかしくありません。
●中東から各地へ広がるコロナ禍の悪影響
また、こうした中東、湾岸地域におけるコロナ禍の悪い影響は各地に波及しています。
例えばドバイを例に挙げてみましょう。ドバイの国際空港は、皆さんもお出かけになったことやトランジットされたこともあると思いますが、今や中東のみならず世界における屈指のハブ空港になっております。2018年には約8915万人の乗客数を誇り、5年連続世界1となりました。しかし、現在のドバイ国際空港は、航空便と乗客の減少に大変苦しんでいます。そのうえ、今年2020年の10月に予定されたドバイ万国博覧会、EXPOドバイも1年延長されることになり、半年間で少なくとも300万人、多めに換算すると2000万人以上を超えるとも期待されていた訪問者の数というものの思惑が大きく外れています。
他方、一昨年(2018年)にイスタンブールに新しい国際空港ができました。このイスタンブール新国際空港は、年間9420万人の利用者をあてこんでいました。トルコの目指すところは、アラブ首長国連邦のドバイを凌駕する中東第一のハブ空港だったわけですが、こうしたトルコの野心もコロナの禍によって、ひとまず頓挫しております。
●「国家」という意識が希薄な中東ゆえの問題
中東における新型コロナウイルスの拡大は、基本的にいうと国家という枠組みこそ世界史で有数の感染的危機、感染症の拡大において人々をコロナ禍から救うことを、中東の人々に認識させたことであります。これは日本人からすると何を今さらと思うかもしれませんが、中東という地域は統一された、そして統合された枠組みで国家が成り立っている地域は、特にアラブ地域においてはまことに少なく、多くの宗教、宗派、そして民族、エスニシティーからなるそういう国家が普通であります。
そういたしますと、コロナの禍を克服するというよりも、この宗教や宗派、あるいはエスニシティーの枠組みにおいて、いかに問題解決を図るのかということが優先されるあまり、国家という本来、行政的、あるいは政策的なまとめをするべき固まりというものが統一されていないということになる。大変不幸なことであります。
一例はもう皆さんご案内のようなレバノンの例です。レバノンは宗教、宗派の利益を配分することによって成り立っている典型的な多宗派、多宗教国家であります。すな...