テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

イギリスの「合意なき離脱」がもたらす経済損失

BREXITの経緯と課題(7)合意なき離脱の経済損失

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
合意なき離脱は、大きな経済損失をイギリスに与えることは間違いない。2018年11月にメイ首相は新たな大部の協定案を提示するが、これに強硬離脱派は反発し、ラーブ離脱担当相は辞任した。いよいよ議論は混迷を深める。(全8話中第7話)
時間:10:30
収録日:2018/12/04
追加日:2019/03/18
カテゴリー:
≪全文≫

●合意なきEU離脱がもたらす経済損失


 合意なき離脱になると一体どういうことが起きるのか、おさらいしておきたいと思います。もし合意できないと、こういうことが起きます。例えばトヨタの場合です。トヨタは部品の在庫を持たないので有名で、4時間しか持たないといわれているそうです。そうすると、合意なき離脱になると物流が滞りますから、トヨタは当然、生産停止になるでしょう。

 イギリスとEUを結んでいる英仏海峡トンネルは、1日5000台のトラックが行き交うそうです。合意なき離脱で移行期間が白紙になると、2019年3月末から突然、英仏国境(トンネルの中が国境なのですが)で通関手続きが必要になります。しかし、準備期間も、施設も、人間も足りません。公安当局はこのトンネルの中を2分間止めるだけで27キロの行列ができるといっています。これはホンダの工場もそうで、トラックの通関が15分遅れると、1億2000万円のコスト増になります。ドイツのBMWのミニという小型車は、完成するまでに海峡を6回往復するのだそうです。あまりにひどいので税関職員をどんどん増やすのですが、オランダは数百人、フランスも数百人、イギリスは5000人増やさなくてはいけませんが、今のところ1000人しか増えていません。

 イギリスとEUの物の貿易総額は1年間で約62兆円です。合意ない離脱が起きると、イギリスは最大10.3パーセント、31兆円に相当するGDPのロスがあるというのですね。IMFによると、EU全地域でGDPは(長期的に)1.5パーセントほど減るだろうということです。日本のメーカー、トヨタ、日産、ホンダは、合計80万台製造しているのですが、サプライチェーンがもうずたずたになるので、大騒ぎです。

 金融界も非常にこれを心配していまして、金融界は、2年間、現状維持で移行期間になることを前提に、いろいろ計画したり議論したりしているのですが、合意ない離脱になると、これがなしになります。突然、この移行期間も消えますので。これは大変なことになりますね。後でもう1回いいますが、今、イギリス、ロンドンは、デリバティブの取引は世界の中心なのです。世界のほとんどがイギリスでやっています。これがストップするとどういうことになるかは、想像を超えます。というようなことが合意なき離脱にあるのです。


●2018年11月15日に公表された新しい協定案の要点


 そこでメイさんが、最終的なウルトラCを出しました。これが2018年11月15日に公表された、新しい協定案、585ページに及ぶ大文書です。この中で離脱の協定案、市民の権利、北アイルランド問題、いろいろなものを網羅しています。

 その要点は、イギリスは全ての財政的責任を果たし、離脱の結果、EU加盟国に負担が増えることがないようにする。英国は、400億ないし450億ユーロ(日本円にすると数兆円)の負債を完済して、イギリス在住のEU市民に十分な権利を保障する。それから、2020年の末までで合意された移行期間は、EUと英国双方の合意で延長することができる、といったものです。

 北アイルランド問題には30ページを割いています。イギリス全土がEUの非関税同盟に残留することで、この国境問題は消えるということです。北アイルランドに、たとえどれだけ自由に商品がEU域内流通できるかを規定し、EUの非関税規約が適応されたとしても、英国はもっと基本的な非関税方式を北アイルランドに提供する。それによって関税、数量規制、原産地規則といったものが一切適応不要になる。公平なビジネス機会を保障するために、イギリスはEUの競争法などのルール、EUの労働法、環境規制、そして税制を順守する、といったのです。これはものすごい譲歩です。イギリスとEUは共同委員会を設置し、アイルランド国境とその安全策を修正、廃止するときは、お互いに協議する。これは、お互いが誠意ある対応を保障するためのものだ、ということです。


●ラーブ離脱担当相の辞任と閣僚辞任の連鎖


 これが発表されて何が起きたでしょうか。EU離脱担当相のドミニク・ラーブ氏は、「ついていけない」ということで辞任を宣言します。次のことが辞任の理由です。「首相の案は、英国に対する誠実さを失わせる。保守党の公約違反である。国民の信頼を裏切る」

 彼が辞任したら、今度は、エスター・マクベイという労働・年金大臣が、「首相は国民投票の結果を尊重していない」と言って辞任しました。それから、スーラ・ブラバーマンというEU離脱省政務次官もシャイレッシュ・バラ北アイルランド閣外担当相も、辞任してしまいました。ラーブ氏の辞任がパンドラの箱を開けたのかもといわれました。

 ところが、テリーザ・メイ氏はすごく頑張っています。私はこの提案をひっさげて、例えば保守党がどんなに激怒してぐちゃぐちゃになろうとも、やり抜く覚悟だと宣言します。こういいました。

「11月...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。