●「国民投票の結果は重い」
次にイギリスの話に移りましょう。イギリスでは、皆さんご存じのように、(2016年に)BREXITに関する国民投票が行われました。この投票はイギリスでテレビの解説を理解した人たち、高学歴層の多くは投票には行っていないそうです。まさか冗談でしょうと思っていたのでしょう。EUから出たら非常に損しますし、EUも大迷惑です。
しかし、結果的に51.9パーセントでEUを出ていくことになってしまいました。デイビッド・キャメロン前首相は知識派ですから、残ることは良いに決まっていると国民に説いていたのですが、負けたので首相から降りました。
そこで誰が首相になるのかということで、キャメロン内閣で内務大臣を務め、大変な真面目なテリーザ・メイ氏が首相になりました。メイ氏は最初どちらにするか、はっきりと言わなかったのです。私は毎日フィナンシャルタイムズ(Financial Times)を熟読していますが、全然言わないということで、メイ氏はひょっとすると大物ではないかと思ったのです。
なぜかというと、国民投票は議会民主制の国では正式な決定ではなく、参考意見にすぎないからです。つまり、「国民の考えも変わったので(EU離脱は)やめましょう」と議会で決めてしまえば、この問題はそれでなくなってしまうのです。
ところが、メイ氏はご出身が中産階級で、すごく真面目な人です。残留派だったのに突然、2016年10月になって旗色を鮮明にしました。「国民投票の結果は重い」と。
●EUからの離脱のためにはイギリス政府は返済しなければならない
そこで皆が「離脱とは何か」を聞いたら、名句なのですが、「BREXIT is BREXIT」と言ったのです。問答無用でしょうということですが、非常に真面目です。強硬離脱は自分の信条とは全く逆だけれども、そこに政治生命を懸けるようになってしまったのです。2017年3月29日にリスボン条約50条に基づいて、EU本部に離脱を正式に通告しました。そのために、2年後の「2019年3月29日に離脱する」ということになったのです。
それで、予備交渉のために、彼女はベルギーの首都ブリュッセルに当時ヨーロッパを仕切っていたアンゲラ・メルケル氏を訪ねました。そうしたら、メイ氏は手切れ金を払わなければなりません。手切れ金とは何かというと、イギリスがEUに対して清算していない負債の清算分があり、日本円で8兆円近くですが、それを払うようにと言われたのです。
イギリスは特別な国で、ヨーロッパにこんなに貢献した国なのでそれはないのではないか、といったことを言ったらしいのです。そうしたらメルケル氏は、メイ氏が言ったことを裏返して「Rule is rule」と言いました。「BREXIT is BREXIT」に対して「ルールはルールよ」と。
イギリスに帰ってきたメイ氏は、頭に来ていたそうで、それなら総選挙をやろうということになりました。ただ、彼女はいわゆる消去法で首相になっているので、選挙の洗礼を受けていません。そうした中、総選挙を行いました。誰もが絶対に勝つだろうと思っていたのですが、蓋を開けてみると大惨敗です。
●保守党は北アイルランドの民主統一党と連立せざるを得ない
最初の国民投票の時、まさかEU離脱のようなばかげた投票はあり得ない、ということで、投票に行かなかった若者がたくさんいました。主に大学の学生などです。彼らがこぞって選挙に行ったらしいのです。それで、負けてしまったのではないかと私は思います。
どのくらい負けたかというと、12議席も減らしてしまって、過半数を8席割り込んだのです。過半数の議席を持っていないので、政権が成立しません。北アイルランドにDUP(Democratic Union Party、民主統一党)という地域政党が下院に議席を持っているのですが、10人議席があるので、この小さな政党にすり寄って連立をお願いしました。
そうしたら、この政党も女性党首なのですが、承諾しました。おそらく自分の言うこと全部聞いてくれるなら、といったことを言ったと思います。そして、この政党がやってくれなければメイ氏には妙薬はないのです。味方に付けたのですが、今日までずっと尾を引いています。アイルランド問題です。どういう問題かは後ほどお話しします。
2017年の暮れに、いよいよ離脱協定をつくらなければならないのですが、離脱の条件は3つあります。1つはEUとの手切れ金です。8兆円と言われたものを何とか値切って6兆円で合意しました。それから、イギリスに住んでいるEU市民の権利・保護と、国境問題解決です。これは解決しないので玉虫色にしました。
●EUからの離脱はアイルランド共和国との国境問題を引き起こす
その時に、この北アイルランドの政党の党首が怒ってメイ氏に電話で怒鳴りつけました。そのため、メイ氏はブリュッセルに行かなければならないのに1...