●国民投票は最悪の政治判断だった
これまで事実をずっと見てきましたが、最後に若干の時間を頂いて、このBREXITをどう見たらいいか、皆さんと一緒に取りまとめしてみたいと思います。
1つは、国民投票という選択をしたことです。これは、私からいえば、世界史に記憶される最悪の政治判断だと思います。シリーズ内でこれまで詳しく言いましたが、デーヴィッド・キャメロン首相がいろいろなことをおもんぱかってこのようなことになったわけです。選挙結果を分析すると、完全に国民は分断されています。ただ、イギリスは議会制民主主義なので、国家の正式な決定は議会にあり、これは参考意見にすぎないということですが、テリーザ・メイ氏は2016年10月に保守党大会で大演説を打って、「この国民投票の結果を政治的に尊重すべきだ」といって採択しました。ですから、その意思がその後の全ての混乱の元になっています。
メイ氏は大真面目ですが、混乱の元になっています。BREXITはどういう意味なのか、EU当局とのやりとりを通じてようやく分かってきたのです。だから、やり直してしまえばいいではないかとの議論がだいぶ出てきたのですが、しかし、やっぱり政治の信義として、国民投票の重さは否定できないというのが現状だと思います。
●グローバル化という構造変化に取り残された人々の不満
次に、BREXITと共通する底流は、世界で今起きている大きな構造変化ということです。6月のBREXITの選択は、その後の世界の多くの地殻変動の先駆けになったといえます。例えば、同年の2016年11月にドナルド・トランプ氏が大統領に当選しました。彼はナショナリズムと排外主義を強弁してはばからない、異様な大統領です。戦後70年の歴史になかったような人です。その後も欧州各地でそうした政治家や政治潮流がどんどん台頭しています。その根底には、情報化が進んでグローバル化が進んで、世界規模での競争の激化に取り残された人々の不満と怒りの鬱積があります。
トランプ氏の登場は彼個人の問題ではありません。あれは、トランプ現象なのです。そういう、現在の経済社会構造の地殻変動の先駆けに、BREXITがなったということではないでしょうか。
EUは、もともと二度の大戦の戦場になって、莫大な犠牲を払った欧州の先覚者たちが、二度とこのような過ちを繰り返さないために、狭隘な国益を超えて、近代を超えるポストモダンな超国家政治組織として構想して、高い理想と強い決意で莫大な労力を経て構築してきた、いわば理想の超国家です。しかし、グローバル競争に取り残されたと自ら考える人々にとっては、理想よりも目の前の脅威、特に移民に追い立てられる脅威のほうが怖いようです。
●メイ首相の奮闘とイギリス政治の劣化
もう1つ、メイ首相の奮闘について触れたいと思います。
テリーザ・メイという人は残留派でした。しかし、彼女は消去法で首相の重責を負うことになりました。彼女は裕福な家でもないし、恵まれた家庭教育で育った人ではありません。非常に苦労して国会議員になった刻苦勉励の人です。しかし、ひとたび首相になったからには、国民投票の結果を彼女なりに重視して、全力でBREXITを実現しようと苦闘してきました。いうなれば、彼女は責任感と使命感がスーツを着ているような人です。彼女は、EU27カ国という巨大な集団を代表するミシェル・バルニエ首席交渉官とEU官僚機構、これと戦っているわけです。
それ以上に、彼女は後ろから飛んでくる弾とも戦わなくてはいけません。ボリス・ジョンソン氏やマイケル・ゴーヴ氏などが後ろから攻めてくるということです。エマニュエル・マクロン大統領は彼らを評して、現実を軽視するうそつきだと酷評しています。あえて私が付け加えるなら、この人たちは信義を重んじない裏切り者集団といわざるを得ません。彼ら裏切り者のために、イギリスに多くの混乱が生まれて、イギリス、欧州、そしてイギリスと通商関係の深い日本など関係諸国は、イギリスの現代政治の理のない混乱と不確実性から多大の被害を被っています。
イギリスはかつて民主主義の模範とされた時代があったけれども、BREXITに見られるイギリスの政治の劣化は、まさに目を覆うばかりではないかと思います。また、野党の労働党は今、左翼扇動家のジェレミー・コービン党首が率いていますが、国民投票の時に残留を唱えていましたが、全く行動しなかったので離脱派が勝ったのです。2017年6月の総選挙では、予算の裏付けのない無責任な政策を若者向けにアピールしました。彼は極端なユダヤ排斥主義者で、国際社会で非常に問題にされています。ところが、労働党の影の内閣では、なんと鉄道の再国有化などということを唱えています。
この党が2017年6月の総選挙で大勝しているだけに、もし下院で否決や合意なき混乱があ...