●イギリスのEU離脱交渉はまだ成立していない
島田村塾でドイツを訪ねた時、ドイツの人たちがブレグジット(BREXIT)をやゆしていたことが印象的でした。EUの交渉員とイギリスの交渉員が3人ずつ、テーブルに向かい合っている写真が新聞に載っていたのですが、EU側は大量のペーパーを持っているのに対して、イギリス側はペーパーを1枚も持っていません。ドイツの人たちは口をそろえて、言っていました。「イギリスにブレグジットはできない。彼らは何も分かっていないし準備もしていない。いずれロンドンはフランクフルトにやって来るだろう」と。
それでもテリーザ・メイ首相は、EUの単一市場から脱退し、移民制限をして、世界中と友達になって真のグローバルブリテンをつくると主張していました。2017年3月29日にEU離脱をEU側に伝えてから、約1年がたとうとしています。しかし、離脱交渉はまだ成立していません。
●イギリスはEU側から離脱条件を提示された
イギリスはEU側から離脱条件を提示されました。その条件は3つです。第1に、ブレグジットビル、つまり離脱のための請求書の支払いです。イギリスは、EU予算の未払い分やEU官僚の年金負債などを支払わなければいけません。EU側としては、これはイギリスの借金なのだから支払って当然だと考えています。当初、その額は日本円で8兆円にも上りました。しかし交渉の末、2017年12月にはようやくメイ首相が折れて、400から450億ユーロ(約5~6兆円)を支払うことになりました。詳細はこれから決めるということですが、当初のおよそ2割引きです。
第2の条件は、在英のEU市民の権利と、在EUの英国市民の権利の保護を行うことです。第3の条件は非常に厄介ですが、アイルランドの国境問題です。
アイルランドは17世紀から宗教戦争を繰り広げてきました。アイルランドはイギリスの西側にある大きな島ですが、北アイルランドのほとんどがプロテスタントなのに対して、南アイルランドはカトリックです。彼らはずっと争っており、第1次大戦後には南アイルランドが今のアイルランド共和国になりました。北アイルランドはイギリスの領地です。南アイルランドは大英連邦の一国でしたが、今は独立国です。北アイルランドと南アイルランドの間には国境がありますが、そこには検問所はありません。
しかし、イギリスがEUから離脱することにともなって、いろいろと問題が生じています。今までは北も南もEUのメンバーでした。しかし北アイルランドはイギリスの領地ですから、イギリスとともにEUを離脱することになるでしょう。他方、南アイルランドはEUに入ったままであり、シェンゲン協定にも参加していますから、EUから移民や難民が入ってきます。彼らの目的地はロンドンですが、イギリスに直接入っていくことはできません。しかし、もし仮に彼らが南アイルランドから北アイルランドを経由してイギリスへ入っていくとなると、北アイルランドは大混乱になるでしょう。この問題は実際にはもっと複雑ですが、例えばそれなら北アイルランドと南アイルランドの国境を閉じてしまえばいいのかというと、EUの提示した条件は国境を開けておくということでした。EUは開放された地域であり、アイルランドとの国境だけを閉じるわけにはいかないという理由でした。
メイ首相はこの条件を飲んで、北アイルランドと南アイルランドの国境をできるだけ開放するつもりでした。その代わり、北アイルランドをイギリス本国とは別の扱いにしなければなりません。12月14、15日にはEU首脳会議が行われる予定でしたが、その前、北アイルランドの民主統一党党首アーリーン・フォスター氏がメイ首相に電話をかけてきて、怒鳴り散らしたのです。北アイルランドだけイギリス本国と別扱いするなんて許せない、というわけです。
メイ政権は北アイルランドの民主統一党と閣外協力をしていますから、フォスター氏に閣外協力の停止を持ち出されると困ってしまいます。政権が崩壊してしまうからです。メイ首相は、結局、電話口で30分間も怒鳴られ続けました。その後、官邸で11時間も明け方になるまで議論して、用意してあったサンドイッチやコーヒーも全て底を尽きたと言われています。
●EU加盟国27カ国との通商関係も再調整しなければならない
しかしようやく、2017年12月15日、イギリスの誠意がブリュッセルにも伝わったのか、脱退交渉が進展しました。次の段階では、2019年3月29日までに、将来イギリスがEUとどのような関係をつくるのか設計図が求められます。さらに、玉虫色のアイルランド問題の解決も必要です。
EUからの離脱後には、移行期間が設けられることになっています。これが何年になるのかはまだ分かりませんが、2年程度でしょう。移行期間中に、離脱後のEUとFTA交渉の枠組みをつくり、EU加盟国27カ国との通商関係も...