●探査機に速度変化を与えて、地球の軌道から離れさせる
それでは、具体的にどのような形で火星探査を行うのかを、地球の近傍から出発して見ていきたいと思います。まず、高度200キロメートルを飛んでいる探査機や人工衛星を考えてみると、これは秒速約7.8キロメートルで地球の周りをくるくる回っています。
そして、この人工衛星に速度変化を与えると、この軌道が徐々に徐々に膨らんでいきます。例えば、速度を2.2キロメートル毎秒プラスすると、このような楕円の軌道になります。
さらに3.2キロメートル毎秒にすると、この楕円が閉じず放物線状の軌道に変わっていきます。このとき、次第に地球から離れていって、最終的には地球から非常に遠い所で速度がゼロになります。これは、「第2宇宙速度」と呼ばれています。
速度をさらに3.2キロメートル毎秒から3.6キロメートル毎秒まで増やすと、今度は同じように閉じない軌道になるのですが、数学的には双曲線という軌道になります。宇宙工学的な特徴としては、双曲線の軌道になると、遠方での無限遠での速度が、ある有限な値を持つようになっていきます。3.6という値だと、遠方での速度が秒速約2.96キロメートルになります。遠方で2.96キロメートル毎秒の速度を持つということは、地球に対して2.9の速度を持つということを意味します。
●火星に届くためには地球に対して2.9キロメートル毎秒の速度が必要
このことについて先に話させていただきますが、地球から2.9キロメートル毎秒で離れるということは、地球が太陽の周りを回っているときの速さよりも、速い速度を持つということです。先ほどまでは地球周りを想定して話してきましたが、今度は太陽周りで考えてみましょう。
地球と同じ速度で回っていれば、太陽の周りを地球と同じようにほぼ円で回ることになります。それに対して、地球よりも2.9キロメートル毎秒だけ速い速度を持つと、今度は地球軌道よりももう少し広がった楕円軌道になります。実は2.9では、この楕円の一番遠いところが火星の軌道に届くくらいの距離になります。そのため、この地球に対して2.9キロメートル毎秒という速度を得れば、火星のところまで届くことになります。
なお、こうして速度を加える際、方向は自由に選ぶことができます。先ほどの絵では、たまたま加速をする場所が絵の左端だったために右の方に楕円が広がっていき、双曲線は右下に抜けていきました。
しかし仮に、加速の場所を変えれば、この抜けていく方向は変えることができるのです。例えば、地球の公転軌道に対して接線となるような方向に加速すれば火星に届くことができますし、また別の方向に抜け出せば、別の軌道を取ることもできます。減速をすれば、金星や水星の方向に向かって円を縮めることもできます。この場合、基本的に地太陽周りの軌道を取りながら、地球の外の惑星たちのところに行く方法です。
それでは仮に、このように地球から出発した探査機が、最初地球に対してプラス2.9キロメートル毎秒の速度を持って火星の方向に近づいていったとします。地球の速度としては30キロメートル毎秒の速度を持っていますので、地球出発時に探査機としては約33キロメートル毎秒の速度を持っています。これが火星の付近に行くと、みんな太陽の重力に引っ張られながら動いており、基本的に遠くに行くと速度は小さくなっていきますので、火星のそばでは速度が21.5キロメートル毎秒まで落ちることになります。
火星は太陽の周りを約秒速24キロメートルで回っています。そのため、この絵では、火星に対して追いついているように見えるのですが、実際には火星は動いていますので、この探査機が火星に着いたときには、探査機が火星を先行してこの場所に入り、それよりも速度が速い火星が探査機に追いついてくるような状態になります。
●火星の軌道に乗るためには減速しなければならない
そして、探査機が火星に追いつかれた際、これでようやく火星に到着したと思われるかもしれませんが、実はまだ話は終わっていません。探査機のところに火星がやってきて、追いつかれる形になります。火星から見れば、火星に向かって探査機がやってくるわけです。その際、もし探査機が火星に当たってしまえば、そのままズドンと衝突することになりますが、仮に火星の周りをくるくる回りたいとした場合に...