テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

ミサワホーム創業者が学生時に思い付いた画期的なアイデア

経営者としての激動の人生(1)大学4年の夏の転機

三澤千代治
MISAWA・international株式会社 代表取締役社長
情報・テキスト
ミサワホームの始まりとなった最初の発明は、意外な場所から生まれた。大学の最終学年を肺結核治療のために天井をにらんで過ごしたミサワ創業者の得た画期的なアイデアとは何か。(2018年10月2日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「経営者としての激動の人生」より、全5話中第1話)
時間:06:45
収録日:2018/10/02
追加日:2019/07/18
キーワード:
≪全文≫

●新潟県十日町から日大建築学科へ


 私は、新潟県の十日町高等学校を卒業しました。競争がないので、皆あまり勉強もせず、大学へ進学するのは卒業生の2割ほどという学校でした。東京に出た私は、日本大学の建築学科に入学しました。10日ほどで分かったのは、同級生が皆、よく勉強ができることでした。自分だけができないので、大学では一生懸命勉強しました。それまでは、建築に対する関心はあまりなく、テレビを作ったり、アマチュア無線(ハム)を行ったり、ラジコンをやってみたりと、好きな電気系統のことばかりでした。大学受験では、父親が材木商ですから、建築系の方が喜ぶだろうと思って志望を決めました。


●突然血を吐いて倒れた大学4年の夏


 大学4年の夏休み、御茶ノ水駅のホームで私はいきなり喀血して倒れてしまいました。田舎でツベルクリン反応が陽転しないまま東京へ出てきてしまったので、結核に感染したということです。そのまま救急病院へ運び込まれました。担ぎ込まれた時は、こちら(左)の肺に穴が開いていたらしいです。しかも右側も詰まっていて、どちらの肺もあまり動いておらず、「こういう病状では手術ができないから、しばらく様子を見ましょう」という説明でした。

 息をするたびに出血して、一晩で洗面器いっぱい血が溜まるような日が3日ほど続きました。病室は、看護婦さんたちの部屋の隣でした。特別に良い部屋を取ってもらえたなと思ったのですが、後で聞くと、差し迫った重症患者をすぐ助けられるよう、そういう配置にしているそうです。部屋には3人いましたが、私以外の2人は亡くなりました。

 部屋で寝ていると、主治医が廊下で話をしているのが聞こえてきました。「今晩あたりが峠です」と、私の母親に言っているのです。「ああ。今晩死ぬかもしれないのか」といった状態でした。

 その夜中、急に苦しくなって、のたうちまわった挙句、ベッドからドスンと落ちました。落ちたとたんに、口からレバーのような血の塊が出てきました。右の肺に詰まっていた血の塊だったらしく、呼吸ができるようになって助かりました。そのままだと死んでしまっていたところ、たまたまベッドから落下したために血の塊を排出できて、翌日からは両肺が動くようになったという説明でした。

 これで手術はしなくても良さそうだと医師から言われました。「その代わり、100日間はベッドで仰向けになっていなさい」、天井を見ていれば治るというので、えらいことになったと思いましたが、100日間じっと寝ていました。


●天井をにらんで「梁も柱もない部屋」を思いつく


 4年生の夏でしたから、単位は全部取れていて、卒業論文と卒業設計を残すだけとなっていました。親しい友だちが10人いて、私の卒業設計と卒業論文を5人ずつで分担してくれたおかげで、無事卒業ができました。

 しかし、病院で寝ていると暇でしょうがない。とにかく天井を見て寝ているうち、梁(はり)が目につくようになってきました。これが邪魔なので、「ない方がいいな」と思い始めました。やがて、この部屋にはありませんが、だいたいの部屋では隅に柱があることも気になってきました。梁も柱もない構造があれば、部屋はもっと有効に使えるのではないかと、気になり出したのです。


●「モノコック構造」と特許の取得


 結果として発想したのは、天井が1枚の板、壁も1枚の板で、木質の接着工法を用いる空間で、専門用語では「モノコック構造」というものでした。

 昔の自動車はシャシーの上にボディが乗っていました。今はシャシーとボディが一体になっています。1枚の鉄板を加工して、モノコックボディが作れるようになったからです。造船も、昔はリベットでいちいち留めていきましたが、溶接技術が進んだ今は、船全体が一つのモノコック構造になりました。

 飛行機は、もともとモノコック構造として発明されています。加速して離陸する、しかも荷物を多く積まなければならないものですから、モノコック構造の必要があります。

 モノコック構造には材料を少なくして形ができるという特色があります。それを住宅に取り入れたら、材料が少なくて家ができる、つまり安くできるのではないか。そんなことに気が付いて、病気が治るとすぐ特許を出しました。その特許がすぐ取れたので、事業を始めたわけなのです。そんなことで、大学を卒業しました。
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。