●お客さまとの「接点」にこだわるサントリーイズム
神藏 当時、マットCEOは何歳でしたか。
新浪 今度56歳か57歳になりますから、当時は51歳か52歳ではないでしょうか。それで、上述の彼の言ったことは、私は東京でも聞いていなかったので、「そうなんだ、彼に任せたんだ」と思いました。この約1兆6,000億円もした会社が、その人間に託されていいのだろうかと思いましたが、その人が私たちの考え方にマッチしていれば、それでいいのではないかとも思いました。そう考えて、週1回ほどのペースでテレビ会議で話をして、彼がどのようなことを考えているのかを理解しようと思いました。
彼も無礼な男ではありません。私が何を考えているか、株主として伝えたことについても、彼はやらなければいけないことを当然理解していました。縷々(るる)、考えていることをいろいろ聞いて、擦り合せをしました。一方で、私自身も社長就任当初は、サントリーという会社について全て知っているわけではありませんでしたし、いろいろな人と会って勉強するのにも時間を要しました。
神藏 確かに、新浪さんのキャリアは、三菱商事、ローソンからサントリーですから、全然違う業界に移られました。商社、流通からメーカーに変えたわけですよね。
新浪 そうですね。その時に、1週間に1時間から1時間半、佐治信忠会長との時間を必ず設けていただくことにしました。それが私の入社の条件でしたから。佐治会長からは「新浪さん、それは当たり前だよ」と言われましたが、いまだに続いています。私の海外出張がない限りは、1週間に1回必ず会って、いろいろな話をしています。そういうコミュニケーションの良さは、私にとって非常にありがたいことですが、当時、マットCEOとのやりとりなど、起こっていることをつぶさに伝えると、「やはりビームは、私たちサントリーのものやろ」「社長、そこはおかしい」と、認識が違うのです。
私もいろいろと勉強していくと、これはまずいなと気づきました。アメリカには、昔の禁酒法以来のスリーティアシステムといって、お酒をつくった人はディストリビューターに売らなければならず、ディストリビューターが小売りに売るということになっており、製造側が小売りにインフルエンスしたらいけないことになっています。しかし、小売りの現場を見に行ってもいいですし、現場でいろいろな話をしてもいいのです。
ビーム社では、このディストリビューターに売ることだけをやってきましたから、バーやホテルなど、われわれのブランドをつくる上で大きな要素となる方々との接点がほとんどないのです。スタンダードなウイスキーであるジムビームやメーカーズマークなど、いろいろ良い商品があるのですが、これを一生懸命、卸に売っており、商売は卸しか見ていないのです。お客さまとのタッチングポイント(接点)がなく、バーテンダーさんとも当社の商品に関して話をするようなことをやっていません。やっている人たちもいますが、その評価が非常に低いのです。ここで終わってしまうから、仕事がすごく楽ですし、だから本社がディアフィールドでもよかったのです。
神藏 それで本社がダウンタウンから離れたディアフィールドでも問題なかったのですね。
新浪 ですが、サントリーイズムにとって、その考え方は合いません。お客さまとの接点を持つところにオンプレミス(業務用)の人たちが活躍することによって、家庭用に入っていくという流れが常道であり、それを私たちは是としています。また、工場と本社は常にコミュニケーションを取り、どのような商品をつくるのかについてフィードバックを行っていますが、ビーム社にはこれがなかったのです。
●会社の成長のために大きなリスクを取った佐治会長の胆力
新浪 ただ、ビーム社を買収しないと、私たちがグローバルに行くチケットはありませんでした。まさに最後のチケットだったのです。ですからこれは、佐治信忠会長にとって、新しい世紀になって最大の意思決定だったと思います。しかし、これは変な話、ビジネススクール流ではやらない買収だったと思います。お金も商品もなく、人材もいません。普通はやらないでしょう。でも、これをやる胆力が佐治会長にはあり、それがサントリーを今まで牽引してきたのです。だから、このような危機のところに自分たちを追い込んで、変化をもたらそうとして、実際にやり遂げるのです。サントリーの取締役会の皆さんも、「やってみなはれ」の文化があるから、ビールにも取り組み、黒字化させ、次に「世界だ」「大きな手を打つんだ」と言って、その最後の切符を何が何でも手に入れたいと考えたのです。ですから、後でどうするかよりも、まずこのチケットを手に入れないとサントリーの成長はないという、強い思いなのです。
神藏 でも、それはすご...