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「闘う力」を培ってくれたものは何か

サントリー流「海外M&A」成功術(6)私の来歴と経営者修行

情報・テキスト
三菱商事に入社し、若き日から頭角を現して、43歳でローソンの社長に就任した新浪剛史氏。「丸の内にいるのは窮屈だった」と語る新浪氏は、いかなる道を歩み、どのような出会いを重ねて、現在に至ったのだろうか。また、ローソンの経営を手がける大きなきっかけとなった中内功氏との出会いから学んだこととは? 自身の来歴と経営者修行を聞く。(全7話中第6話)
※インタビュアー:神藏孝之10MTVオピニオン論説主幹)
時間:04:49
収録日:2019/03/25
追加日:2019/08/15
≪全文≫

●片道切符でのローソン行きの決断は非常に重要


神藏 新浪さんは、もともとは商売の家の息子に生まれたのですか。

新浪 うちは母の会社が中小企業で、そんな中で育ってきて、父は母の会社に入れてもらって会長にまでなりますが、親戚の会社なので、ひょっとしたら私も、その会社を継がなければいけないのかな、と思っていたのです。

神藏 関西ですか。

新浪 いやいや、横浜です。港湾関連の会社でした。私も小さい頃、出入りを見ました。人情の世界ですよね。三菱商事の砂糖部で荷下ろしをやった時も、「新浪さんの息子だからやってやるよ」と言って、やってくれるのです。随分助かりました。

 現場の親分もやって、私のおじの会社でしたから、おじの家系に男がいなかったので、「おまえが継ぐか?」ということは言われていました。

神藏 慶應を出て三菱商事に行くのではなく、うちに来いと。

新浪 「行くわけないじゃないか。誰が行くか」と言っていました。父は「もういい、好きにやれ」と言ってくれましたが、母方の方では跡取りがいないので。だから商売の家にいたのです。

神藏 だから三菱商事に行った時は、商社のヒエラルキーで偉くなるよりも、給食会社やローソンをやっている方が楽しかったわけですね。

新浪 そうですね。丸の内にいるのは窮屈でした。でも、小島順彦さんや佐々木幹夫さんという、私にとってはありがたい上司に恵まれました。その前にも、先日亡くなりましたが、上村哲夫さんという副社長が、私が入社して3年目の時から随分かわいがってくれました。ですから、三菱商事の中では少し反発もあったのかもしれませんが、早期にどんどん偉くしてくれて、最年少で部長にもなりました。実は、ローソンも転籍で行けとは言われていないのです。

神藏 戻ることが前提で、立て直したら戻ってこいと。

新浪 だけど、当時のローソンはものすごく大変な状況だったので、これでは無理だということで、自分の方から「片道切符でいい」と言い出したら、小島さんが、「そうであれば、君の意思を尊重する」と言ってくれました。結局、5年ぐらいだと思ったら、13年もかかってしまいました。私がローソンの顧問になった時は、5年ぐらいでできるだろうなと思いましたが、とんでもない。あと、加盟店は、サラリーマン社会の中にいる人たちではありませんから、片道切符で来ているのかどうかなど、義理人情を見抜くのです。やはりこれがすごく重要でした。あの時に意思決定したことは、後ですごく良かったと思います。

神藏 ローソンの社長をやられたのは何歳の時ですか。

新浪 43歳です。

神藏 43歳から13年、56歳までやられていたのですね。

新浪 そうですね。正確に言うと、合わせて55歳です。ですから、43歳になったばかりの時に行きました。


●中内功氏からは外とのネットワークづくりを学んだ


神藏 ハーバードは何歳から何歳ぐらいまで行かれていたのですか。

新浪 28歳から30歳までです。1989年からです。

神藏 日本が本当に一番いい時期ですね。

新浪 そうですね。

神藏 その後、中内さんも出てきます。

新浪 中内さんにはお世話になりました。

神藏 やはり人情味のある方なのですね。

新浪 あります。もう海外からこまめに、すごくご丁寧な手紙を送ってきます。こんなものを何枚書いているのかなと、びっくりします。すごく細かく皆さんに配慮されていました。「中には厳しい方」というのは、確かにあったかもしれませんけれど、私にとっては、外とのネットワークのつくり方が勉強になりました。普通はあそこまではできないです。海外の行った先では「私はこういうものを見ています」などと、私ごときに手紙を頂いて、感激しましたね。
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