●「心理学の罠」に注意する
今回は、「なぜ、周りの目が気になって、自分が思っている行動ができないのか」というお題をテンミニッツTVからいただいています。これは特に日本人の行動心理の特性として、承認欲求とか同調圧力が高い、あるいは自己肯定感が低いというのは、いったいどういうことなのでしょうか、という課題です。
ご覧いただいて分かるように、私はこういう言葉は文字を見ながらでないと分からないくらいで、あまり身近に使っていないのです。どうしてかというと、行動分析学という心理学では行動の原因を心には求めずに環境と行動との関係性に求めるということを、これまで繰り返しお話ししてきました。実は、承認欲求とか同調圧力といった心理学的な用語、あるいは実際の心理学の用語も含めて、それらについて私は「心理学の罠」と呼んでいます。
心理学の罠は「個人攻撃の罠」の一種なのですが、その個人攻撃の罠に出てくるような「能力や性格のせいにする」というところを、もう少し専門的というか科学的な匂いのするような言葉を使うことで個人攻撃の罠をしかけてしまっている例だと思ってください。
●「サービス残業」に関する循環論
では、スライドを見てみましょう。これは「なぜ、サービス残業をするのか」ということに関して、「“同調圧力”が高いから」という説明をした時のことを考えて書いてみました。“同調圧力”のところにダブルコーテーション(“”)が付いていることに注目していただきたいのですが、これは心理学的なキーワードになっているところです。心理学的なキーワードというと「なるほど、そうか」と思わせてしまうかもしれません。これが学問の力というものかもしれません。
ところが、これも個人攻撃の罠であるという点に変わりないということに気付いていただきたいのです。「“同調圧力”が高いから」と言っている限り、「どうすれば皆、定時に退社できるのだろうか」というところになかなか発想が及びません。どうしてかというと、個人の特性だからと思ってしまっているからです。
ここでもう1つスライドを見てみましょう。実は、これは循環論になっているのです。「なぜ、サービス残業するのだろうか」「“同調圧力”が高いから」「どうして、“同調圧力”が高いと分かるのだろうか」「サービス残業しているから」ということになりますから、実はサービス残業している理由を同調圧力で説明しているつもりでも、説明にはなっていなくて言い替えにすぎないということになります。
●使い方によっては論理的な間違いに陥りやすい「記述概念」
実をいうと、心理学の概念というのは、心理学的な概念でも専門家が使う概念でも、このような循環論に陥ってしまっていることが少なくありません。
少し解説をすると、「説明概念」と「記述概念」というものがあります。記述概念は、説明には使われなくて、「こういう傾向にある人たちは、こういうラベルを貼りましょう」というようなものです。もともとそれを説明に使おうという意図はありません。ですから、他者から非常に影響されやすい人を「同調圧力が高いのだ」というようにしましょう、というのは記述概念なのです。
そして、記述概念は、いろいろな現象をまとめたり、そのことを他の人と共有したりするのに便利な方法なのです。ですから、記述概念をつくっていくこと、用語としてまとめていくことというのは、それなりの意味があるのです。
ところが、そもそも記述概念だったものを説明概念だと勘違いして、行動の説明として使ってしまうと、循環論のような論理的な間違いになってしまいます。ここの区別がなかなか難しかったりしますし、また、“同調圧力”という言葉を使うとなんとなくかっこよく聞こえたりもして、説明に使ってしまいがちですが、実は説明にはなっていないのです。そこのところに気が付いていただければと思います。
ただ、こういう概念が実は多くて、他にも「自己肯定感」とか、最近でいうと「レジリエンシー」(これは落ち込んだときにそこからカムバックする力が強いということで、回復力などと訳されたりしています)など、こういう言葉は心理学用語でも、日常用語としてもよく出てきます。ですが、皆さんに気付いていただきたい、考えていただきたいのは、果たしてそれが循環論になっていないだろうかという点です。
●行動分析学は、平均的な人ではなく目の前の人の行動を研究する
もう1つの着目点なのですが、こういう心理学の概念はどちらかというと、平均的な人というものを思い浮かべてつくられている概念だということです。いわゆる「日本人」についてとか「男性と女性を比べると」ということに...