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呂500とその周辺のストーリーを形にした潜水艦曼荼羅

若狭湾海中調査と潜水艦曼荼羅(4)曼荼羅と若狭湾の調査

浦環
東京大学名誉教授/株式会社ディープ・リッジ・テク代表取締役
情報・テキスト
個々の潜水艦を取り巻くストーリーは、相互に関連している。浦環氏が、呂500を中心とした潜水艦曼荼羅を用いて、連関する潜水艦とその周辺の人々のストーリーについて解説する。若狭湾での調査も、昨年彼らのチームが行った伊58の調査の過程で得た情報が手がかりとなっていた。(全10話中第4話)
時間:11:34
収録日:2019/03/14
追加日:2020/03/05
≪全文≫

●呂500とつながるさまざまなストーリーを形にした潜水艦曼荼羅


 これはわれわれの潜水艦調査に関係する、呂500を中心とした潜水艦曼荼羅(まんだら)です。この潜水艦曼荼羅をつくった理由は、単に呂500だけではなく、それにまつわるいろいろなストーリーが呂500から発生していて、戦後の日本までにも影響していることをお示ししたいと思ったからです。

 ここでは自殺したユーボートのU-511の最初の艦長である、シュタインホフを取り上げます。彼はなぜ自殺したのでしょうか。もちろん尋問で責められましたが、それだけで自殺するようなことは、普通はないと思います。

 ユーボートのU-511は、シュタインホフが艦長の時に何をしていたかというと、実は船からロケットを撃つ実験をしていました。ヴェルナー・フォン・ブラウンが開発していたV-1ロケット、V-2ロケットを海上から発射する、潜水艦から発射するという実験です。ブラウンと一緒にロケット開発を進め、その実験を指揮していたのが、フリードリッヒの兄のエルンストです。恐らくアメリカはフリードリッヒに対して、兄のこととロケットのことに関して尋問したのではないかと思います。彼はおそらく何も言いたくなかったために、これ以上耐えられないといって、最終的には自殺したのではないかと思っています。最後は彼はU-873の艦長を務めていました。
 
 彼が亡くなったのちしばらくたって、フォン・ブラウンとエルンストはアメリカに行ってロケット開発に携わります。当時のアメリカのロケット開発はうまくいっていなかったのですが、フォン・ブラウンが新しいロケット開発のプログラムを作り、成功に導きます。そうした過程にユーボート、呂500が関係していて、前の艦長は先ほど述べたような事情で亡くなっている。とても印象深いことです。

 それからフリッツ・シュネーヴィントですが、彼は父親の勤務先であるインドネシアで生まれています。弟も潜水艦乗りとなり、コマンダンテ・カッペリーニというイタリアの潜水艦に乗りました。なぜイタリアの潜水艦に乗っているかというと、イタリアが降伏したのちも続いていた日独伊の同盟に基づき、イタリアの潜水艦をドイツが受け継いだからです。
 
 この潜水艦はおそらくユーボートのイタリアという意味でUITという名前を与えられ、さらに24という番号を付けられました。このフリッツの弟であるホルストはそれに乗り込んでいました。このUIT-24、コマンダンテ・カッペリーニは、その後ドイツが負けたのち、日本が接収して、伊503という名前の潜水艦になります。ホルストがこの503に乗っていたかどうかは、詳しいデータがなくて分かりません。しかし、伊503の元のUIT-24、コマンダンテ・カッペリーニに乗船していたということは確かです。
 
 このように、呂500の艦長を経由して、U-873、U-183、それからUIT-24、伊503というさまざまな潜水艦がつながっています。さらにロケット開発まで、U-511はつながっていて、このような歴史のあや、つまり曼荼羅が存在しています。U-511をただ発見するだけではなく、さまざまな人やロケット開発などにまつわるストーリーをひも解くことは、非常に興味深いことだと思います。


●若狭湾での調査のスタート


 次に、若狭湾における調査の際に、われわれが参照していたデータに関してお話しします。アメリカ軍の資料に緯度経度が載っていて、若狭湾にユーボートが沈んでいることは分かっていました。後でお見せしますが、それはここだと指摘しています。

 その後、2018年にいろいろ調べていたのですが、福井水産試験場が、ここに沈没船があると数年前に発表しています。その長さが70メートルぐらいです。つまり、伊121、呂68、呂500という3つの潜水艦の長さにだいたい匹敵するような沈没船がここにある。それも彼らはサイドスキャンソナーで調べたので、そのデータをもらってきました。見たところ、確かに長さが70メートルですが、解像度があまりよくないので、潜水艦かもしれないが、そうでないかもしれないとも思いました。真ん中にマストのようなものが立っています。これは、潜望鏡のようにも見えたので、これかもしれないと思いました。
 
 もう1つ、ここに浦島礁という根となっている漁礁があります。京都府の漁師の方々の間で、これはもしかしたら潜水艦ではないかとささやかれていました。戦前から浦島礁が漁礁だったとすれば、潜水艦ではないということが分かるわけですが、漁礁になっているということから、そこに沈没船が沈んでいるかもしれないと推測できます。


●五島列島での調査発表会から新たな情報を得る


 また、これはストーリーがなかなか複雑で、興味深いところがあるのですが、われわれは1年前に発...
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