●東洋思想は命に力点を置く
田口 コロナショックによるもう一つの転換があります。今回、人間に突きつけられたのは、命の危機です。命についてこれほど考えた時期はないのではないかと思います。人と会う際にも、命の危険を考えるために、マスクをつけるなどの予防策を取っています。せっかくここまで命を身近に考えたのであれば、東洋思想との関連性についても考える必要があるでしょう。
東洋思想の根幹には、命というコンセンサスがあります。イデオロギーや主義主張、宗教の違いは、その下位にある概念です。ですので、東洋思想においては、宗教がイスラム教かキリスト教か、政治的主張が社会主義かなどの点には無頓着です。あなたのお好きなように、という世界なのです。
東洋思想のもとでは、宗教観の違いで戦争が起きることはありません。東洋思想は、イデオロギーや宗教を乗り越えて、人間の最も重要なものとしてコンセンサスが取れるのは、命だといっているのです。命を持ち出すと、どのような宗教やイデオロギーの人でも命は大切だと答えます。ですから日本人は、東洋思想が説いている命の尊重という点を学ぶ必要があります。
日本の生命観はどれほどのスケールがあるのかというと、それはすごいものがあります「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」という言葉があります。草木も国土さえもことごとくみな仏なり、つまり命なのだといっているのです。
―― ことごとく仏なのですね。
田口 仏なのです。この世で命を持たないものはない、ということです。粗略にあつかうことは命を奪うことに等しいので、ひとつひとつのものを丁寧に扱わなければならないのです。
●道元禅師の全てのことに丁寧に真心を込めて取り組むという教え
田口 道元禅師は、「人間の生き方の最たるものは、一つひとつを丁寧に真心込めてやることだ」といいました。つまり、修行として毎日を暮らすことが、非常に大切なのです。われわれは命に取り囲まれて生きています。いつも命の大切さを思わなければなりません。生きとし生けるものの世話係として人間がいる、という考え方を絶対に見失ってはいけないのです。
例えば、料理などでも、日本人は食材を無駄なく用いて、全て食べています。無駄をなくすことを、「よくもちいる」と東洋思想ではいいます。「よくもちいる」とは、漢字で書くと「利用」という字です。そこで、「もったいない」という言葉が出てくるわけです。
命をいただくわけなので、その命を全て使い切って、「見事に生きたぞ」と魚や肉などにも伝えるという配慮を、日本人は持っているのです。こうした日本の伝統を、積極的に世界中に広めることが、アフターコロナの対策として最も重要なことです。日本発の考え方として、「命の思想」をもっと強調していくべきです。
―― 先生がおっしゃるように道元が日本人の生き方を決めた人ですね。
●西洋発祥のものに対して、日本流に命を吹きかけてやる
田口 一つ一つを丁寧に真心込めて取り組む、それが修行なのだという主張ですね。人生は全て修行なので、ご飯を食べるのも修行なのです。この意味では、外国から伝来した風習の栄養学も非常に重要です。これも必要不可欠ですが、命をいただくという日本伝統の精神や思想が、西洋流の科学と融合すると、非常に有益なものとなるのです。
―― 確かに、今の栄養学の話と道元の話は、非常に分かりやすいですね。これが西洋的思想と東洋的思想を融合させることなのですね。
田口 全てそうなのです。ものづくりや人間の暮らしでも同じことです。これから5Gの世界になって、第四次産業革命の時代となります。それはみな西洋から出てきたものです。西洋発祥のものに対して、日本流に命を吹きかけてやるべきです。これが東洋と西洋の知の融合です。もう一度、日本は「命の思想」の国だという点を意識しなければなりません。