●なぜ友情のなかで「戦友愛」が一番強いのか
田村 たしかに、最初に(営業マンたちが現場を)回ったころは、悪口ばかりでした。昔、売れていたときに、キリンが欲しいというところに割り当てていなかったから、この恨みつらみもあったのです。「キリンビールを10ケース注文したら、キリンレモン10ケース引き取らされて、それを捨てるしかなかった」とか、そういうマイナスからのスタートでした。それを全部聞いたうえで、そのうえでやっていたのです。ですから、それは得意先から見ると、「文句はいったけれど、ここまでキリンがやってくれるのか」というので、関係が強くなったのかもしれません。
執行 それは当然で、汚いものからしか信頼は生まれないのです。信頼というのは、汚いというと語弊があるかもしれませんが、「嫌なもの」ですよ。嫌なものを共にしたところに信頼が生まれる。最初にいったエマーソンの自己信頼でも、「人生で汚いものに体当たりしないと、自己信頼にたどり着かない」というようなことが、本にも書かれている。
一番わかりやすいのは、友情でも「戦友愛」が一番強いとよくいいます。戦友とは、一番嫌なことを共にした人間なのです。お互いに、いつ死ぬかわからないようなところで一緒に戦ってきた。それを戦友という。戦友の友情に勝る友情はないと、一般にもいわれている。これはなぜか、ひと言で答えろというと、人間にとって一番苦しいこと、一番嫌なこと、一番見たくないことを共にしたからなのです。
田村 今でも当時の(高知支店の)メンバーが集まると、嫌なことばかりが笑い話になっています。お客さんにもいろいろな人がいますから。土下座を何度もさせられるとか、いっぱいありました。包丁を突きつけられたメンバーもいましたから。
執行 ビジネス社会では、キリンビール高知支店というのは1つの戦争をやったのです。
田村 そう。だから、一体感がある。隣の新入社員が包丁を突きつけられたら、必ず誰かがサポートに入っていました。高知の人に幸せになってもらおうと思っているから、誰か困っているセールスがいたら、それは何とかしないといけないと、全部、自分のこととしてやっていました。
執行 ただ、「みんな幸せになってもらいたい」というのは、今の日本そのものの姿ですが、その包丁ではないけれど、包丁を突きつけられるようなことをする人もいないですね。真のやる気が、今なかなかわからなくなったというのは、そういう問題なのです。
だから、体当たりなのです。運命がわかると体当たりできるから。先ほどいったように、宿命がわかると自分の運命が動き出して、自分の運命が動き出すと、体当たりができるようになる。僕の経験でも、真の体当たりというのは、自分の運命を生きないとできない。ただ雇われているとか、そういうことでは絶対できない。
自分の運命というか、自分が生まれてきた謂われ(いわれ)というか、1つの運命を理解してくると、それはサラリーマンであれ、僕らみたいな実業家であれ、全員体当たりができるようになる。
●「理念が実現された状態」を具体的に描くことが重要
田村 これは、「理念によるマネジメント」にしかできないことだと思います。高松でも、名古屋でも、本社でもやったのは、「理念によるマネジメント」なのです。会社には業績目標があって、利益から何をやるかがスタートする。でも、利益ではなく、理念なのです。「地域のために」などです。
執行 つまり、思想ですね。
田村 そう。思想を実現するのだと。ただ、会社というのは目標がないと動かない。だから、この思想が実現された状況というのは、具体的にどういうものなのかという「具体性」がいるのです。地域のため、お客さんのためにというのは言葉であり、概念なのです。これを具体的な会社の目標に落とし込まないといけません。この作業をやったのです。それによって、どこの現場でも運命的なものができてきたのです。
執行 その過程でできたのですね。
田村 一番難しいのが、「その思想が実現された状態」を描くことです。「地域、お客さんのために」といいますが、それは「具体的」にどういう状況なのか。例えば、このエリアでほとんどの人が自分たちの会社のサービス、製品を一番良いと思ってもらうとか、何かあったら真っ先に思い出してくれるとか。こういう状態が、「思想が実現された」「自分たちの使命が果たされた」ことなのだということを、まず全員で議論することをやりました。当初、解釈が全然違っていましたね。
それができたら、今度はそれを実現するための戦略が必要になる。これを全員で考えさせたのです。これも、だいたい2時間ぐらいやると出てくる。
あとはそれを日々の実行プランに落としていく。これを(高知でも)名古屋でも本社でも...