●自己信頼は「アメリカの武士道」
執行 今、田村さんがおっしゃった「おいしいビールを絶対つくるんだ」という決意が、真のやる気なのですが、簡単そうで実は簡単ではないのです。
思想的にいうと、僕が好きなアメリカのラルフ・ウォルド・エマーソンの言葉で「自己信頼」というものがあります。この「自己信頼」というのは、アメリカの武士道だと、僕は思っています。この自己信頼が「本当」にないと、おいしいビールをつくるための挑戦は絶対にできない。あとからいうのは簡単だけど、仕事は周りを見ながら、損得勘定を含めいろいろなものがあってやっているもので、「絶対においしいものをつくる」というのは、1つの思想なのです。そして、キリンビールの挑戦を聞いて、きれいごとではなく、真のやる気だと思えるのは、あの工場のロマンティシズムを知っているからなのです。
田村 もしかしたら、キリンビールの創業者が武士だというのも関係しているかもしれないですね。津山藩の藩士とか、そのあたりがキリンビールの創業時を担っているのです。
執行 やはりキリンは武士道ですね。
田村 ありがとうございます。
執行 武士道の「やる気」というものは品格があると、僕は思っています。単なるやる気ではなく、武士道の人間的な潔さとか勇気とか、そういうものから生まれた文化が、経済界に対するやる気に変わっていくようなものが真のやる気だと思います。
田村 そうですね。
執行 それを「自己信頼」という1つの思想にまとめているのが、エマーソンという人です。明治の日本人のあいだではエマーソンは非常に流行っていましたし、戦前の日本人で、エマーソンを読んでいない人はほとんどいないくらいなのですが、今はもうほとんどの人が読んでいない。僕は好きでたくさん読んでいますが、エマーソンの自己信頼を通して、本当のやる気というものを知ってほしい。また、キリンビール創業のころの人たちのやる気を理解するためにも読み直すといいと思います。
田村 「利益ではない。最高の原料と最高の設備で、日本一、世界一おいしいビールをつくっていく」それしかいっていないのです。
執行 あとからいうのは簡単だけど、本当の挑戦としてやるのは、とても勇気のいることです。そして、その勇気は、自然に出てくるものではないのです。
セルフリライアンス(自己信頼)というのは、エマーソンの場合は、アメリカ・プロテスタンティズムです。当時のアメリカ人ですから、強烈なプロテスタンティズムの信仰、キリスト教の信仰から生まれてきたやる気なのです。その強烈なプロテスタンティズムから19世紀のアメリカ人のなかで生まれてきた「やる気」が、日本人の武士道的な「やる気」と近い。
だから、僕は今のアメリカは大嫌いだけども、昔のアメリカは大好きなのです。ウォルト・ホイットマンとか、エマーソンとか、こういう人たちが活躍した19世紀のアメリカは、人間にとっての理想の地です。本当のやる気を知りたかったら、19世紀のアメリカを見ろと、僕はよくいっています。今のアメリカは享楽主義になっているから駄目です。やる気でもって繁栄して、繁栄の行き着く先で、みんな享楽のほうに走ってしまったのが今のアメリカだと僕は思っているのですが、19世紀のアメリカは信仰から出たやる気ですから今とは違う。
僕がいいたいのは、プロテスタンティズムの信仰から出たやる気を参考にすべきで、それは日本人が武士道から得たやる気と同じ質のものだということなのです。1つの強力な民族が持っている文化から生まれてきたやる気だから、そこには自ずから品格を感じるわけです。
だから、田村さんは大企業のお偉方だったといっても、大企業のお偉方という雰囲気がなくて、僕は初めて会ったときに品格を感じました。だから、友達感覚になったわけですが、おそらくキリンビールでは、ビジネス的な感覚ではなく、歴史的な感覚が田村さんのなかにあったのではないでしょうか。
●「自己責任」文化に裏打ちされた自己信頼
田村 今うかがって気がついたのですが、キリンビールの運命を継承してきたのだと思うのです。だから、創業当時の武士の人たちがいなくなっても、後輩を育てていたんですね。つまり、「俺たちの会社には、売上や利益よりも大事なものがあるんだぞ」といって、それがまた下までつながっていたのだと思うのです。
私が入社したときの直属の課長が45歳で、武居尚さんという方でした。その方は、岡山工場の労務課のリーダーでしたが、常にいっていたのは「キリンビール岡山工場を最高の工場にするんだ」ということ。「最高の工場というのは、働いている従業員がイキイキとして働き、仕事を通じてどんどん成長していくもので、採算性だとか利益よりももっと大事なものが自分たちにはあるんだ」...