●リーダーに必要な力
執行 「高知の人に喜んでもらえる」というのは、きれいごとで、誰でもいうことなのです。でも、高知の人に喜んでもらうには、裏に隠れている汚いことをやらないと、「きれいなところ」に持っていけない。だから高知支店の人は、それを汚いと思わないで、理念のためにできたのだと思う。なぜなら、きれいなものは汚いものからしか生まれないのですから。
田村 ハンディばっかりだったのですが、理念を実現するためには、「自分のできることは、すべてやるんだ。不可能なことは何一つない。不可能を可能にすることが仕事だ」と、仕事の定義が変わった、と(高知支店の)全員がいっていました。そこに向かっている中で、すべてを受け入れるようになって、「そのうえでどうするか」という話になってきたので、「人生が変わった」と全員がいっていたんですね。
執行 宿命を受け入れることを知らないうちにできたのは、田村さんが指導者として優れていたということです。指導者には、嫌なものとか不幸なものを納得させられる力が必要なのです。だから、「みんなで良くなりたい」とか、きれいごとをいっている人は全部駄目。そうではなく、人の不幸を受け入れさせる力がある人が、人のやる気も引き出せるということです。
田村 良かったのは、いくら理屈でいっても人間は動けないですよね。会社の組織というのは「決めたことをしっかりとやり切る」ということが前提です。実行力がないと、話にならない。ところが最初、高知に行ったときに、これが全然できていなかったのです。
それで、リーダーとメンバーで話しあってもらいました。とにかく大苦戦していましたから、ぼろ負けはしようがないけれども、「自分はこれだけはやった」ということを持ちたい。それで、「1年間かけてこれをやろう」ということをリーダーとメンバーとで決めてもらったのです。
そして、月1回、(決めたことを)やったかどうかの確認をしました。振り返ってみて、これが非常に良かった。そうすることで、メンバーが現場に出るようになったのです。現場に出て行って、何となくお客さんとの関係ができたときに「この仕事は高知の人を幸せにするのだ」という理念が導入された。このことを、最初の3カ月間は全然わからなかった。でも、動いていると、頑張れば、お客さんが喜んでくださって、商品を扱ってくれる。それなら、もっと頑張ろうとやっているうちに、この理念がストンと腹に落ちたと、メンバーはいっていました。
執行 嫌なことをやったのでしょう。理念というのは美しい。その美しいことは、嫌なことをやっていると、腹に落ちてくる。要はそういうことなのです。
●なぜ部下たちに「家に帰るな」「眠るな」といえたのか
田村 一度、私は「家に帰るな」「眠るな」と指示したことがありました。今だと、ハラスメントといわれてしまうのですが、「リーダーとメンバーとで何があってもこれをやると決めたのだろう。たとえば、ひと月に飲み屋さんを400軒回るとか。であれば、400軒回っていないなら、家に帰ってはいけない」という話です。決めたのだから、嘘をついてはいけない。だから、家に帰ってはいけない、眠ってはいけないのだといったのです。そうやって1回怒りました。
そうすると、メンバーは「ああ、眠ってはいけないのだ」とびっくりしていました。そのようなことをいうリーダーは今までいなかった。今度のリーダーは本気だとメンバーが感じて、また回り出していく。そうして回り出していくと、身体でわかってくるのです。飲み屋さんを回るという活動は、だいたい4カ月もすると慣れてくる。
もちろん、つらい活動です。1軒1軒裏口から行くのです。だいたい飲み屋さんというのは忙しい。仕込みの真っ最中で、「何しに来たんだ」と怒られる。そうすると、だんだん行かなくなってしまう。それでも、4カ月回っていると、慣れてきて、また回り出したのです。そうすると、また良い反応が出てくる。それで、良い関係ができてきたのです。
執行 キリンの営業の話を聞いていると、運命論の1つの理想だと思いますね。結局、キリンの理念が、ある意味で汚いどぶ板営業をやったことで生きる。その活動を田村さんがやったということですよ。
田村 確かに、良いところばかりだったら、売れる商品ばかりだったら、それで終わりだったでしょうね。
執行 やる気がある人でも駄目な人は、きれいごとしかいわないということです。いつも理念みたいなことをしゃべっている。「みんな幸せになりたいよね」などと。それを聞いていると、「ふざけるな、この野郎。まずはおまえが死ね」という気持ちになる。
田村 まずはやってみろという話ですね。
執行 そう。「おまえと一緒になりたくない」という感じなのです。
―― そこが面白いとこ...