●「面白さ」にも伝統にもこだわらなかったデフォー
前回までの話を受け入れていただいたとして、では次に、デフォーはどうして『ロビンソン・クルーソー』で新しいリアリズムを発見できたのでしょうか。その理由として、今は次の二つを挙げておきたいと思います。
まず一つ目に、デフォーが娯楽としての小説に批判的だったということが挙げられます。小説を面白おかしく書くことが、デフォーにとっては必ずしもいいことだと思われていなかった。だから、筋をいろいろ工夫したり、キャラクターを面白くしようとしたりすることを、それほど考えなくてよかったわけです。
またもう一つ、これはデフォーの人生に関わることで、あとで少し説明いたしますが、デフォーという人は信仰上の理由で当時の大学に入学できませんでした。
当時の大学は、古典文学や古代哲学をかなり深く教えていました。そこで勉強するホメーロスの叙事詩やアリストテレースの哲学のような古典文学や哲学の素養が、ほかの大学出の文学者に比べると、デフォーには少なかったわけです。これが、実はかえって幸いしたとも考えられます。
このような特徴があったがゆえに、面白く書こうと工夫する必要もなければ、また伝統的な文学のスタイルへのこだわりも、デフォーは持っていなかったのではないかと私は考えます。このような背景で、ダニエル・デフォーは新しいリアリズムというものを発見できたのではないでしょうか。
●「浜辺の足跡」に新しいリアリズムを味わう
『ロビンソン・クルーソー』について見ていくなかで、新しいリアリズムを味わえる場面は作品中にいろいろと書かれています。そのような特徴ある場面をもう少し見ていきたいと思います。
次に読むのは、ロビンソン・クルーソーが無人島に漂着してから15年後に起きたある事件を描いたものです。少し背景を説明しておきますと、島に漂着してからもう15年経っていて、ロビンソン・クルーソーは島のなかでかなりいろいろな自給自足のための工夫をしています。家を建て、畑を耕し、島にいる動物を家畜として飼育するといったことをして、非常に満ち足りた自給自足の生活をしていたのです。
ロビンソン・クルーソーとしては、「もう、このまま島で生活をして、生涯が終わってもいいかもしれないな」、などということもちょっと思っているようなさなか、そのような彼の落ち着いた精神をズタズタにするようなことが起きるのです。ちょっと読んでみましょう。
“ある日の正午ごろ、ボートに向かっていたときのことだ。浜辺にはだしの人間の足跡をひとつ見つけてとてつもなく驚いた。砂のなかでも、それはとてもはっきり見えた。ぼくは雷に打たれたように、あるいは幽霊を見たかのように立ちすくんだ。耳をそばだて、周りを見まわしたけれど、なにも聞こえないし、なにも見えない。小高いところに上って遠くまで見たり、浜辺をあちこち歩いたが、足跡は一つしかない。跡がついているのはあそこだけだ。ほかに跡がないか確かめよう、そもそもあれも幻覚じゃないのか調べようと、元の場所に戻った。でも調べるまでもなかった。そこには一つの足跡が正確に捺されていた。つま先、かかと、ほかのどの部分も。この足がどうやってここまで来たのか、ぼくには判らなかったし、まったく想像もつかなかった。”
というのです。この足跡を見つけたことがきっかけとなって、ロビンソンはすっかり心の落ち着きを失ってしまいます。
●ロビンソン・クルーソーは無人島で成長したのか
ひょっとしたら皆さんのなかには、ロビンソン・クルーソーという人物は無人島に行って、苦労を乗り越えて、自給自足の生活を始めて、そして人間的にも成長して、少しのことでは動揺しないような立派な人になったと思っていらっしゃる方もいるかもしれません。ですが、実際に作品を読むと、この人は15年たってからも突然絶望の淵に突き落とされたりして、性格がけっこうコロコロと変わるのです。
少し脱線めいたことをいうと、この人は人間的な成長を全然「しない」というと言い過ぎですが、少なくとも人間として成熟し、大人になって、最後に無人島を脱出したかというと、必ずしもそうではないのです。
というのも、実際に読んでいただくと分かるのですが、ロビンソン・クルーソーがせっかく苦労して無人島からイギリスに帰ってきた後、何をするかというと、またすぐ航海に出るのですよね。すぐではないですけれども、また航海に出ます。
そして、自分が住んでいた無人島にもう1回戻る。その時は漂流はしませんが、喧嘩をしてしまって、結局は無人島ではないものの、世界の片隅に突然また置き去りにされて、そこから世界中...