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世界文学の歴史に大きな影響を与えた「デフォーのついた嘘」

『ロビンソン・クルーソー』とは何か(5)ロビンソンのリアリズム

武田将明
東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻教授
概要・テキスト
『ロビンソン・クルーソー』の著者ダニエル・デフォーが求めたのは整合性や一貫性でなく、人間や世界の矛盾だった。そこに新時代のリアルが生まれ、引き継がれていったわけだが、なかでも論争を呼んだのが「足跡」をめぐる回収されない謎だという。いったいどんな謎なのだろうか。また「嘘」の意義とは。(全7話中第5話)
時間:11:49
収録日:2020/07/22
追加日:2020/09/29
≪全文≫

●「面白さ」にも伝統にもこだわらなかったデフォー


 前回までの話を受け入れていただいたとして、では次に、デフォーはどうして『ロビンソン・クルーソー』で新しいリアリズムを発見できたのでしょうか。その理由として、今は次の二つを挙げておきたいと思います。

 まず一つ目に、デフォーが娯楽としての小説に批判的だったということが挙げられます。小説を面白おかしく書くことが、デフォーにとっては必ずしもいいことだと思われていなかった。だから、筋をいろいろ工夫したり、キャラクターを面白くしようとしたりすることを、それほど考えなくてよかったわけです。

 またもう一つ、これはデフォーの人生に関わることで、あとで少し説明いたしますが、デフォーという人は信仰上の理由で当時の大学に入学できませんでした。

 当時の大学は、古典文学や古代哲学をかなり深く教えていました。そこで勉強するホメーロスの叙事詩やアリストテレースの哲学のような古典文学や哲学の素養が、ほかの大学出の文学者に比べると、デフォーには少なかったわけです。これが、実はかえって幸いしたとも考えられます。

 このような特徴があったがゆえに、面白く書こうと工夫する必要もなければ、また伝統的な文学のスタイルへのこだわりも、デフォーは持っていなかったのではないかと私は考えます。このような背景で、ダニエル・デフォーは新しいリアリズムというものを発見できたのではないでしょうか。


●「浜辺の足跡」に新しいリアリズムを味わう


 『ロビンソン・クルーソー』について見ていくなかで、新しいリアリズムを味わえる場面は作品中にいろいろと書かれています。そのような特徴ある場面をもう少し見ていきたいと思います。

 次に読むのは、ロビンソン・クルーソーが無人島に漂着してから15年後に起きたある事件を描いたものです。少し背景を説明しておきますと、島に漂着してからもう15年経っていて、ロビンソン・クルーソーは島のなかでかなりいろいろな自給自足のための工夫をしています。家を建て、畑を耕し、島にいる動物を家畜として飼育するといったことをして、非常に満ち足りた自給自足の生活をしていたのです。

 ロビンソン・クルーソーとしては、「もう、このまま島で生活をして、生涯が終...
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