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コロナ禍で注目されているデフォーの『ペストの記憶』とは

『ロビンソン・クルーソー』とは何か(7)『ペストの記憶』とデフォーの文学

武田将明
東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻准教授
情報・テキスト
『ペストの記憶』
(ダニエル・デフォー著、武田将明翻訳、研究社)
最終回では、デフォーの『ペストの記憶』を紹介していく。カミュの『ペスト』のような首尾整った名作ではないが、それだけにこの作品には、虚実の境を往復しつつ読者に訴えるものがあった。それはコロナ禍にさらされたわれわれにも、何かを考えさせる刺激となるのではないだろうか。(全7話中第7話)
≪全文≫

●デフォーの『ペストの記憶』は半実録・半虚構


 そのようなダニエル・デフォーが書いた作品には、他にも名作といえるものがいくつかあります。挙げていけばいくつも挙げられるのですが、コロナ禍といわれる現在、注目されているのが『ペストの記憶』です。これは1722年、『ロビンソン・クルーソー』の3年後に刊行された小説ないしフィクションです。原題に忠実に訳すと『疫病の年の記録(“A Journal of the Plague Year”)』というタイトルの作品です。

 この『ペストの記憶』ですが、日本語の訳題が似ていることもあって、しばしばアルベール・カミュの『ペスト』と比べられます。しかし、年代を見ても分かるように、全然違う年代のものですし、内容ももちろんどちらもペストの流行を描いていますが、中身を実際に読んでみれば、似て非なるものです。

 カミュの『ペスト』という作品は、やはり無駄のない構成と人物を巧みに配置することによって非常によく練り上げられ、作り上げられた、文学史に残る傑作であると、私も思います。実に感動的な作品です。

 カミュの『ペスト』は非常に優れた作品ですが、ダニエル・デフォーの『ペストの記憶』は、このような完璧な傑作といえるようなものではありません。というのも、すでにお分かりのように、デフォーはそういうふうに巧みに人物を配置したり、構成を工夫したりする作家ではないからです。

 また、カミュはアルジェリアのオランという実在の町を舞台に、あくまでも架空のペストの流行を描いていますが、デフォーの場合は、1665年にロンドンを実際に襲ったペストを、いわば記録しています。というわけで、デフォーの『ペストの記憶』という作品は半分が実録であり、半分がフィクションです。完全な実録でもなくて、デフォーの想像で書かれたところもあります。


●ペストの被害や対応を、さまざまな角度から描く


 こういうわけで、『ロビンソン・クルーソー』と同じようにフィクションとして構成されていない、それゆえに興味深い点が『ペストの記憶』にはあります。いろいろとあるのですが、今回は『ペストの記憶』については、そこまで詳しく見る時間はありませんから、一例を挙げてみましょう。

 例えばこの作品は、ペストの被害、そしてペストへの対策ということで、さまざまな視点からペストの流行を描いています。一面においては行政の人たちがどのようにペストに対処したかということが描かれ、また他方で、一般市民がペストの流行をどのように受け止めたかということも描かれています。

 少しスライドの引用を見てみましょう。まずはじめに、行政府の側のペストへの対策、対応を描いている場面です。

“行政府の人たちが実行したことのなかでも、実に見事だったのは、街路が常に清潔に保たれ、あらゆる意味での恐ろしい光景が隠され、死体など不気味で不快なもののすべてが片づけられていたことだ。(中略)それ[=片づける作業]は夜間におこなわれた。いくつかの教会墓地や埋葬用の土地に掘られた、巨大な穴に死体が投げこまれる(中略)のも夜の仕事だった。そしてすべては日の昇る前に覆い隠された。”

 このように書いてあります。行政府の人たちがペストで亡くなった人たちの遺体(死体)を効率よく夜間に片づけていた。それは素晴らしいことであったと言い、行政が実によく機能していたとほめたたえています。


●賞賛される行政の措置が市民に与えた絶望


 このような場面があるかと思うと、この下の引用のように、同じ遺体の処理について、今度は市民の側から書かれた場面があります。少し背景を説明すると、夜間に死者を埋葬する穴の周りをうろつく男性がいたので、その男性を見た埋葬人たちが声をかけます。すると、声をかけられた男性はこのように反応します。

“穏やかに、『ひとりにしてください』と埋葬人たちに頼み、『家族の亡骸が投げこまれるのさえ見られたら帰ります』と告げた。それを聞いた人びとはしつこく注意するのを慎んだ。ところが車が反転し、亡骸が無差別に穴にぶちまけられるのを見た途端、彼は愕然とした。最低でも穴のなかに丁寧に並べてくれるものと想像していたのだ。(中略)それでこの光景を見た途端、もはや抑え切れなくなった男は大声で叫んだ。なにを言ったのかは聴き取れなかったけれど、彼は二、三歩あとずさりし、気を失って倒れてしまった。”

 こう書いてあるだけで、ここから行政はなんと残酷なのだとか、そういった感想を書く場面は一切ありません。ありませんが、このように同じ事象(出来事)を行政の側から見て、また市民の側から見て、まったく違う見え方がするということを...
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