●デフォーの『ペストの記憶』は半実録・半虚構
そのようなダニエル・デフォーが書いた作品には、他にも名作といえるものがいくつかあります。挙げていけばいくつも挙げられるのですが、コロナ禍といわれる現在、注目されているのが『ペストの記憶』です。これは1722年、『ロビンソン・クルーソー』の3年後に刊行された小説ないしフィクションです。原題に忠実に訳すと『疫病の年の記録(“A Journal of the Plague Year”)』というタイトルの作品です。
この『ペストの記憶』ですが、日本語の訳題が似ていることもあって、しばしばアルベール・カミュの『ペスト』と比べられます。しかし、年代を見ても分かるように、全然違う年代のものですし、内容ももちろんどちらもペストの流行を描いていますが、中身を実際に読んでみれば、似て非なるものです。
カミュの『ペスト』という作品は、やはり無駄のない構成と人物を巧みに配置することによって非常によく練り上げられ、作り上げられた、文学史に残る傑作であると、私も思います。実に感動的な作品です。
カミュの『ペスト』は非常に優れた作品ですが、ダニエル・デフォーの『ペストの記憶』は、このような完璧な傑作といえるようなものではありません。というのも、すでにお分かりのように、デフォーはそういうふうに巧みに人物を配置したり、構成を工夫したりする作家ではないからです。
また、カミュはアルジェリアのオランという実在の町を舞台に、あくまでも架空のペストの流行を描いていますが、デフォーの場合は、1665年にロンドンを実際に襲ったペストを、いわば記録しています。というわけで、デフォーの『ペストの記憶』という作品は半分が実録であり、半分がフィクションです。完全な実録でもなくて、デフォーの想像で書かれたところもあります。
●ペストの被害や対応を、さまざまな角度から描く
こういうわけで、『ロビンソン・クルーソー』と同じようにフィクションとして構成されていない、それゆえに興味深い点が『ペストの記憶』にはあります。いろいろとあるのですが、今回は『ペストの記憶』については、そこまで詳しく見る時間はありませんから、一例を挙げてみましょう。
例えばこの作品は、ペストの被害、そしてペストへの対策と...
(ダニエル・デフォー著、武田将明翻訳、研究社)