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改作との比較から見えた『ロビンソン・クルーソー』の本質

『ロビンソン・クルーソー』とは何か(4)ロビンソンの近代性

武田将明
東京大学大学院総合文化研究科 教授
概要・テキスト
『ロビンソン・クルーソー』が筋で読ませる小説ではないとすれば、果たしてロビンソン像は一貫していただろうか。ここでは「難破船から文明の利器を持ち帰る」シーンを題材に、矛盾に満ちた主人公の姿と、それを矯正しようとした「改作者」の努力を比較していこう。(全7話中第4話)
時間:10:52
収録日:2020/07/22
追加日:2020/09/22
≪全文≫

●難破船から文明の利器を運び出す


 再び具体例に即して検証してみたいと思います。

 これもけっこう有名な場面です。無人島に漂着したロビンソン・クルーソーは、その後、沖合に座礁した難破船からたくさんの文明の利器──銃などが有名ですが、ほかにも斧などの便利な物を運び出すわけです。そのようななかで、お金を目にしたときのロビンソンの反応を描いているのがこの場面になります。ちょっと読んでみましょう。

「“船室は隅々まで物色したのでなにも見つかるはずはないと思っていたのに、引き出しつきの棚を発見し、引き出しの一つには二、三本のカミソリと一本の大きな鋏、十数個の上等なナイフとフォークがあった。ほかの引き出しには、三十六ポンド分のお金が見つかった。(中略)お金を目にしたぼくは心のなかでニヤリとした。「このゴミ屑め!」と声に出して言った。「お前が何の役に立つっていうんだ。お前はぼくには価値がない。地面に落ちていても拾うつもりはないし、こんなに積まれたところであのナイフ一本ほどの価値しかないのだ。ぼくはお前を使おうにも使えない。そこにいつまでも留まり、海の底に沈むがいい。お前の命は救われる価値もないのだから」でも考え直してこのお金を持ち去ることにし、すべてを帆布の切れに包みながら、また筏をつくらなくてはと考えはじめた。”

 というわけです。いったん説明抜きで、次のスライドに行きましょう。


●お金を罵倒しながら持ち帰るロビンソン


 今の場面、何か不思議な感じがしませんか。つまり無人島で自給自足をするロビンソンの自立心や、よくロビンソンの人物像と結びつけられる「文明社会との断絶」といった側面を強調するのであれば、ロビンソンはお金を持ち帰る必要はなかったのではないでしょうか。

 先ほどの引用で、無人島生活にお金が不要であるという理由は長々と述べられていたのですが、何を考えてロビンソンが結局お金を持ち帰ったのかは書いていません。「考え直して」と書いてあるのですが、どう「考え直し」たのかは一切書かれていません。ひょっとしたらロビンソン自身も、なぜ持って帰ってしまったのか、分からないのではないでしょうか。ここでもまたある意味で、言行の不一致があるわけです。


 実はこれに気づいたのは私...
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