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「リヴァイアサン」の下での安全とはいかなるものか

国家の利益(4)「リヴァイアサン」を考える

小原雅博
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
情報・テキスト
Abraham Bosseによる『リヴァイアサン』の表紙
「リヴァイアサン」は、旧約聖書に登場する海の怪獣である。ホッブズは、その身体を無数の人民からなると考え、国家の象徴とした。「正当化された暴力の独占」を国家に見たのは後世のマックス・ウェーバーである。ホッブズの問題提起はヨーロッパでの国家論に大きな影響を与え、さまざまな議論が続く。(全16話中第4話)
時間:08:57
収録日:2019/03/28
追加日:2019/06/30
タグ:
≪全文≫

●「リヴァイアサン」の下での安全と「破綻国家」


 今回の講義では、前回に引き続いてホッブズの思想について、思索を深めていきたいと思います。

 ホッブズが主著の題名とした「リヴァイアサン」とは、旧約聖書「ヨブ記」に登場する、「地上に比較されうる何ものもなく、恐れを知らぬように創られた」巨大な海の怪獣です。

 ホッブズの著書『リヴァイアサン』の表紙には、右手に剣を、左手に聖職者の持つ牧杖を持って平和な田園風景を見下ろす巨人の姿が描かれています。

 よく見ると、この巨人の体は無数の人民からなり、頭は王冠を頂く主権者としての君主です。それは、国民が自然権を一人の主権者に譲り渡すことで、絶対的権力としての主権の下での平和と安全を実現することを示唆しています。自然権を委ねることで生まれる主権は、自然権の判断すなわち理性を委ねられたわけであり、主権は国家理性(国益)を体現することになるわけです。

 国家の最大の役割は、暴力を独占することで国民を法に従わせ、社会の安全を保つことにあるといえます。マックス・ウェーバーは、これを「正当化された暴力の独占」と呼びました。

 この権力を委ねられた君主なり政府なりが強くて安定していないと、社会の安定は失われ、個人の安全は保障されません。これは今も変わらぬ現実です。今日「失敗国家」あるいは「破綻国家」といわれる南スーダン、ソマリア、イエメン、シリア、アフガニスタン、イラクなどの諸国はその例です。


●スピノザが主張した「国家の目的は自由にあり」


 しかし、国家は単に安全のためだけに存在するのでしょうか。そうではありません。オランダの哲学者スピノザ(1632~77)は、著書『国家論』において、「平和が臣民の無気力の結果にすぎない国家、獣のように隷属することしか知らない国家は国家というより、曠野と呼ばれてしかるべき」と説きました。そこには、ホッブズが論じた無制限の絶対的主権によって無視された自由への希求がありました。

 スピノザは、国家状態を、恐怖に加え、希望という共通の感情によって結び付いた一つの共同体だと捉えました。したがって、肉体の安全のみならず、精神の自由、すなわち思想・言論・表現の自由を認めることなくして国家体制の安定と平和はないと主張したのです。著書『神学・政治論』の最終章では、「それゆえに国家の目的は、実は自由にあるのである」と総括しています。

 安全と自由の関係をどう考えるべきでしょう。個人の安全のために主権という絶対権力を委ねられたリヴァイアサンが権力を濫用すれば国民の自由は奪われ、安全さえも侵されます。ホッブズは、暴力の独占者を絶対王政の君主に求めました。しかし、プラトンが理想とした善なる哲学者による「哲人王」の政治は期待しがたいでしょう。むしろアリストテレスが指摘したように、暴政に陥りやすいと思われます。


●人間の理性を認め、国家への抵抗権を主張したロック


 このホッブズの考え方を批判的に継承したのが、ロックとルソーです。

 イギリスの政治思想家ジョン・ロック(1632~1704)は、人間には理性があり、いきなり争い合うことはないだろうとの認識から出発しました。彼の考える「自然状態」とは、ホッブズが考えたほど危険ではなく、比較的平和な状態です。全ての国民は、生まれながらに「生命」や「身体」、そして「財産」を保持する権利を有しており(これがロックのいう「自然権」です)、互いの権利を尊重もしているが、それを確実なものにするために、一部の自然権を国家に委ね、保証してもらう必要があると考えたのです。

 一方、国家は国民から委ねられた自然権を保証するため、国民の信託に基づき、必要となれば主権を行使します。しかし、もし国家が主権を適切に行使しなければ、そもそもの主権者である国民は抵抗権を行使し、委ねた自然権を取り戻したり、場合によっては国家(つまり、君主や政府)を打ち倒したりすることができると考えました。

 この点は、ホッブズの考え方と異なります。ホッブズは、相互の契約によって主権を創設したのは国民であり、ゆえに国民は主権者のあらゆる行為・判断を作り出した張本人であるから、主権者を非難したり、打ち倒したりすることは許されないと考えたのです。


●「一般意志」の必要性を主張したジャン=ジャック・ルソー


 「自然状態」をロックが考えるより、さらに自由で平等な平和な状態と見なしたのが、フランスの思想家、ジャン=ジャック・ルソーです。しかし、そうした自由で平等な状態は、私有財産制の下で増大した個々人の欲望によって歪められると考え、公共の福祉を目指す「一般意志」を働かせる必要があると主張したのです。

 このように、ホッブズは性悪説に立...
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