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国益を確定する大事な要素はバランス・適切な制限・全体性

国家の利益~国益の理論と歴史(15)国益の確定

小原雅博
東京大学名誉教授
情報・テキスト
国益を確定するのに大事なのは「バランス」、そして国内における「適切な制限」と「全体性」だとされる。国家・国民の生存と安全、そのために必要なパワーの追求、国家の主要目標である死活的国益がバランスを失した例は戦時中の日本、大国の周辺に位置する小国家群、さらに覇権国家など、枚挙にいとまがない。(全16話中第15話)
時間:10:37
収録日:2019/04/04
追加日:2019/08/11
カテゴリー:
≪全文≫

●国益とパワーと安全の「バランス」とは


 皆さん、こんにちは。続いては「国益の確定」について議論をしていきましょう。ここで大事なのは「バランス」、そして「適切な制限」と「全体性」ということです。これらのキーワードをもとに、それでは国家は国益をどう決定すべきだろうかという問いについて考えていきましょう。

 リアリズムの立場から国際政治を理論化・体系化したハンス・モーゲンソー(1904~80)という政治学者がいます。彼は、主著『国際政治』(初版は1947年。国際政治の最も基本的な最初の教科書)において、国際政治を国家が「力(パワー)として定義される利益」を追求する権力政治だと論じました。

 この概念によって彼は、経済(「富として定義される利益」によって理解される分野)などとは別の独立した領域として、国際政治を位置づけたのです。しかし、国家が追求する「力として定義される利益」とはいったい何でしょうか。力と利益の関係についてモーゲンソーは説明を加えていません。一つだけ明確なことは、国益とパワーの関係が一枚のコインの表裏の関係にあるということです。


●安全よりパワー、パワーより国益を追求した戦時中の日本


 以上のモーゲンソーの定理を踏まえ、「死活的国益」、「パワー」、「国家・国民の生存と安全」という三つの要素の関係を私なりに整理してみれば、次のような説明ができます。

 この四つの同心円をみてください。「国家・国民の生存と安全」の確保とそのために必要なパワーの追求は、国家の主要目標、すなわち死活的国益と位置付けられます。図1は、これら3要素が等置される理念型です。きれいな円となっています。しかし、国家の置かれている安全保障環境やパワーの大きさは異なるため、3要素の関係も、この理念型を離れて、ここに示したような多様な同心円で表されます。

 図2を見てください。これは、安全よりパワーは大きいが、パワーより国益が大きい同心円です。死活的国益を国家・国民の生存と安全以上に拡張し、パワーを無視してその確保に走る膨張主義的国家のケースです。日中戦争から太平洋戦争に突き進んだ日本はその例です。


●安全より国益が大きく、パワーはより大きな覇権国家


 次に図3を見てみましょう。ここには、パワーが国益と安全より小さな同心円が描かれています。台頭する大国の周辺に位置する中小国家のケースです。国家の安全という死活的国益を確保するだけのパワーがないため、大国の地域覇権を受け入れる(バンドワゴン)か、あるいは、別の大国との同盟や地域的な集団安全保障(例えばNATO)に依存するかの選択を迫られるわけです。アメリカの核の傘の下にある日本や韓国、NATOの加盟国であるバルト三国などはその例です。日本は経済大国ではありますが、それに見合うような軍事力、特に核兵器やICBM (intercontinental ballistic missile、大陸間弾道ミサイル)は保有していません。

 最後に図4を見てみましょう。ここでは、安全より国益が大きく、パワーはそれよりも大きな同心円となっています。これは覇権国家のケースです。19世紀のイギリスや20世紀のアメリカは、自国の生存と安全を超える同盟国の安全や国際秩序の維持を自国の死活的国益と見なして、そのパワーを行使しました。

 国際社会における国家のパワーは相対的であり、可変的でもあります。パワーの差が国益を左右するのです。ここに、国益の追求はパワーの追求に転化するということになります。国際政治が「権力政治(power politics)」であるといわれるゆえんです。安全という主観的な目標とパワーという相対的な手段の関係をどう規定するかが外交政策のカギを握ることになります。この関係は、時に「安全保障のジレンマ」を生み、軍拡競争にもつながります。

 国益を確定する際には、こうした国益とパワーの関係を押さえる必要があり、それが非常に重要なのです。


●国内調整に欠かせない「適切な制限」と「全体性」


 モーゲンソーは、国益について、外交政策の「最低限の要求として国家の生存には言及せざるを得ない」と指摘し、他国の脅威に対する自己保存(「物理的、政治的、文化的な一体性の保持」)を恒久的・一般的な「第一次的国益」であると位置づけました。

 また、時代の政治的・文化的文脈の中で、例えば圧力団体や政党などが介在して、その都度決定されていく国益を「第二次的国益」と規定しました。その上で、「第一次的国益」と位置づけた「国家の生存と安全」という死活的国益以外の国益は「余得」と考えるなど、国益を適切に制限して行動することによって各国間の国益は調整され、平和は維持され得ると説いたのです。

 これが、外交を通じた「調整による平和」といわれる考え方です。し...
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