●永久の同盟国も永遠の敵もいない。永久永遠のものは国益
皆さん、こんにちは。東京大学の小原です。今回から私の教養講座を始めたいと思います。名前は、「東大『外交』ゼミで考える『国家の利益』」としました。
私は東京大学の法学部でゼミを開講しています。そのゼミで教えている外交問題、特に「国家の利益」といったことを中心に、これから講義をしていきたいと思います。それでは、よろしくお願いいたします。
さて、第1回目は「国際政治経済の激変と日本外交の正念場」ということで、お話をします。
19世紀の半ば、イギリスの外務大臣パーマストンはこう明言しました。
「イギリスには永久(とわ)の同盟国もいなければ、永遠の敵もいない。永久永遠のものはイギリスの利益であり、我々はそれに従う義務がある」
この言葉が歴史に刻まれてから170年後、この言葉を想起させるような大統領がアメリカに登場しました。ドナルド・トランプ大統領です。彼は就任演説で、「全ての国は自らの国益を最優先にする権利を有する」と述べました。この発言は国際政治の現実を語っただけで、何ら驚くべきことではありません。しかし、それを超大国アメリカの大統領が世界に向けて宣言したことが重大な意味を持つのです。こうした政治的「イズム(主義主張)」が21世紀の世界の政治の潮流となっていくのでしょうか。
アメリカは、その強大なパワーを、自国の国益のみならず、同盟国や友好国の安全のために使い、そして、「開かれた国際経済システム」や「法の支配に基づく国際秩序」の擁護にも使ってきました。そうした国際益、あるいは世界益を自国の国益であるとまで宣言してきたのです。そこに世界は、「偉大なアメリカ」を見たのです。
しかし、イラク戦争や世界金融危機でアメリカは傷つき、疲弊しました。その回復を託されたバラク・オバマ大統領は、「世界中で起きる間違いを全て正すのはアメリカの手に余る」と述べて、アメリカがもはや「世界の警察官」ではないことを認めました。その後を継いだトランプ大統領は、歴代政権が「アメリカの産業や軍隊や国境や富を犠牲にして外国を助けてきた」と批判し、「アメリカ・ファースト」を掲げて、「自国民最優先」政策を押し進めています。
●「核心利益」を掲げる中国と統合危機に直面するヨーロッパ
一方、「中華民族の偉大な復興」という中国の夢を掲げ、「強国と強軍」に邁進する中国は、アメリカが後退した空白を埋めるかのように、「大国外交」と「核心利益」を掲げて自己主張を強め、ロシアとともに、力による現状変更に動いてきました。
ちなみに、核心利益は何かといえば、2011年の「中国平和発展白書」で、7つの利益が明らかにされています。
1. 国家主権
2. 国家安全
3. 領土保全
4. 国家統一
5. 中国憲法で確立した国家政治制度(中国共産党による統治)
6. 社会の大局の安定
7. 社会の持続的発展
ヨーロッパに目を転じると、国家を超える共同体の拡大と深化という大実験を続けて来たEU(ヨーロッパ連合)が統合の危機に直面しています。テロや難民危機によってナショナリズムや国益が台頭し、経済の停滞やロシアの揺さぶりによって政治や社会の亀裂が広がり、イギリスのEU離脱がヨーロッパの行方に暗い影を投げかけています。
主権や国益が最優先される時代、自由貿易や法の支配といったリベラルな国際秩序が悲鳴を上げています。
●戦後初の「国益」を明言した安倍内閣
さて日本では2013年、安倍政権が日本初の「国家安全保障戦略」を策定し、日本の国益を3点明記しました。
1. 国家の安全
2. 国家の繁栄
3. 普遍的価値に基づく国際秩序の支持・擁護です。
戦後、日本政府が国家の重要な政策において日本の国益が何であるかを明確に規定したのはこれが初めてです。2018年、安倍総理は、施政方針演説において、「積極果敢に国益を追求してきた」と述べて、自らの外交を総括しました。
明治に出発した近代日本は富国強兵に邁進してアジアの軍事強国として台頭しましたが、その後、国家・国民の安全という国益を見失い、軍事拡張主義に走って、アメリカと中国という二つの大国との戦争に突き進みました。350万人という国民が命を落とし、無数の人々が傷つき、家族や財産を失いました。そして、侵略と植民地統治の記憶は今も近隣諸国との関係を揺さぶっています。
敗戦後に平和憲法の下で自由民主主義国家として生まれ変わった日本は、「偏狭な国益」を排し、国際協調に努め、経済発展に専心し、目覚ましい経済成長によって世界の経済大国となりました。しかし、繁栄の絶頂にあったその時、突然バブル経済が崩壊し、「失われた10...