●国益の歴史は古代ギリシャ「ペロポネソス戦争」に始まる
さて、「国益」には長い歴史があります。ここからは、国益の歴史的変遷を振り返ってみましょう。そこから、今日の世界の変化や混乱の奥底に潜む問題の本質が見えてくると思います。
今日の第2回目では、「ペロポネソス戦争の教訓」について、取り上げてみます。
国益の歴史は、まさに古代ギリシャから始まります。古代ギリシャの歴史家であり将軍であったトゥキディデスが著した『戦史』(ペロポネソス戦争史)は、今日も色あせないリアリズムの古典といえます。
紀元前431年から27年間の長きにわたって続いたペロポネソス戦争は、ギリシャ全土を破壊と殺戮に陥れました。アテナイの将軍として戦場に身を置いたトゥキディデスは、将来への教訓として残す意図を込めて、この戦争を克明に描いたのです。
●トゥキディデスの『戦史』が語る「メーロス対談」
その中で特に印象的な記録は、スパルタの植民都市国家メーロス島に遠征し包囲したアテナイ軍の使節と、メーロスの高官の交渉を描いた「メーロス対談」です。この対談において、トゥキディデスは、国家の利益や正義がパワーによって決まるリアリズムの世界を生々しく描きました。そのくだりを紹介してみましょう。
メーロスの高官は、アテナイとスパルタの間での中立を望み、理性と正義を訴え、攻撃が神や人民を怒らせ、スパルタ軍の介入を引き起こすだろうと申し立てます。しかし、アテナイ使節は、「強者と弱者の間では、強きがいかに大をなし得るか、弱きがいかに小なる譲歩をもって脱し得るか、その可能性しか問題とはなり得ない」と一蹴します。
それでも、メーロス側は説得に努めます。降伏して奴隷になるか、抵抗して滅びるかの選択を迫られる中で、最後にメーロス代表は言います。「七百年の歴史を持つこのポリスから、一刻たりとも自由を剥奪する意思はない。…スパルタの加勢のあらんことを頼みに、国運安泰に尽くしたい」。こう返答して、アテナイ側に平和条約締結と軍の撤退を申し入れたのです。
アテナイ使節は、「スパルタや、運や希望を信じて何もかも賭けて疑わぬとあれば、何もかも失ってしまうのも止むを得まい」と述べて、城攻めを続けました。そして、とうとうスパルタ軍は来ませんでした。メーロスはついに降伏...