●2017年に米国防省が予測した「安全保障上の課題」
スクリーンは、オバマ政権第2期目の2016年2月、ト国防省が公表した世界地図です。2016年の大統領選が終わった翌年である2017年に新政権になることを見込んだ上で「米国の直面する安全保障上の課題」という文書から作成した脅威認識です。一つずつ説明させていただきます。
まず、ロシアについては「リライジングパワー」と名付けています。冷戦の終結とともにかなり(国力の)落ちていたロシアが非常に復活してきた。ただし脅威の正面は欧州ということで、熊の顔は欧州を向いています。
もう一つ、急速に伸びてきた「ライジングパワー」が中国です。この龍の脅威は、正面のアジア太平洋に向いて炎を吹いているのかもしれません。ただ、この時点では、まだ尻尾がヨーロッパには届いていないといった認識です。
また、この文書の中では、ロシアと中国を指して「大国間競争の再来」と言っています。今、トランプ政権で言っている"great power competition"というのは、実はこの時に初めて使われた言葉なのです。
北朝鮮やイランについては、それぞれ「特定の地域における長年の課題」と言っています。北朝鮮の場合は朝鮮半島と日本を含む東アジア、イランは中東だろうと思いますが、そうした「地域」でずっと棘が刺さったように脅威となっているというニュアンスです。
さらに当時は、いわゆるISILに代表されるテロリストのような非常に強大な敵と戦っていました。これらは「戦闘中かつ打倒すべき」と名指されています。
ざっと以上のことを、米国が2017年に直面するであろう安全保障上の課題として予測していたわけです。
●現在の安全保障戦略に連続性・迅速性・一貫性がある理由
この時点での予測は、2017年に発足する新政権への引き継ぎと言っていいものかもしれません。これが公表された2016年2月の時点では、当然のことですが、ほとんどの人がトランプ大統領の誕生を予測してはいませんでした。もしも民主党政権であれば民主党政権のヒラリー・クリントン氏に大統領の座が移るであろう、といった政権交代をにらみながらのことだったわけです。
皆さまご承知の通り、米国では大統領が代わると「ポリティカルアポインティー」と呼ばれる高級なスタッフが全て交代するのが原則です。こうなると往々に、前政権の政策を否定もしくは変更したがる傾向が強いものです。
ですので、ひょっとすると当時の国防省は、これらを事前公表することによって、防衛戦略の継続を担保しようとする意図があったのかもしれません。言い換えれば、オバマ政権からトランプ政権に移行しても(結果としては移行したのですが)、この当時から連続性が存在していたといえるかと思います。
トランプ政権は、いわゆる「DCエスタブリッシュメント」のような、シンクタンクや大学に属する共和党系のエスタブリッシュメント(専門家)集団をまったく信用せず、むしろ否定するため、採用しません。
その結果、マティス氏やケリー氏、マクマスター氏のような現役・退役の「Generals」を、その穴埋めとして入れ込みました。彼らが主導して国家安全保障戦略や防衛戦略を策定したことから、トランプ政権の安全保障戦略・防衛戦略は国防省主導で進む、極めて連続性と一貫性のあるものになったということです。
現実に、オバマ大統領の場合は2008年に大統領になり、09年の就任式を経て、国家安全保障戦略ができたのは1年半後だったと思います。しかし、トランプ政権では、前回申し上げた「統治の回復期」と呼ばれるわずか半年間で一気につくり上げ、2017年12月にはもう出来上がっていました。
そのベースメントには国防省が主導してつくってきた戦略がある。もっといえば、ひょっとすると国家防衛戦略が先にできていたのかと疑いたくなるような連続性と迅速性と一貫性があるのが、トランプ政権の安全保障戦略の特徴です。
●協調より競争を目指すトランプ政権の安全保障観
トランプ政権の安全保障政策・戦略の要点を述べると、まず安全保障観は先に述べた通り、リベラリズム(協調)というよりはリアリズム(競争)です。したがって、大国間競争の再来あるいはバランシングの復活といったものが、安全保障観のベースメントになります。
同盟関係については、緩やかな連合からなる「コアリッション(有志連合)」というよりは、「アライアンス(同盟)」を選びます。言い換えれば、それぞれに任務、軍隊、約束事をきっちり分担する同盟の重視です。さらに、その同盟の形は、「ハブ&スポーク」というよりも「ネットワーク」に移行しています。ちょうど日本で日米豪印による「クアッド」と呼ばれる4カ...