●人間中心設計とは~エモーショナル・デザインの重要性~
このように「アフォーダンス」という言葉を使って、使い勝手の良さを30年前から提唱していたノーマンさんですが、2005年に”Human-Centered Design Considered Harmful”「人間中心設計は害悪だと思われる」という論文を出しました。
真逆なことを言っており、宗旨替えをされたのかと思ってこの論文をよく読んでみると、宗旨替えではなくて、人間中心設計を浅はかに捉えてデザインしていることが多すぎる、という主張でした。
ノーマンさんの主張は、人間中心設計を、あたかも天動説のように人間様が宇宙の中心にいて何もしなくてよい、周りのものが動いてくれるというデザインだと捉えている人たちが多すぎるというものでした。本当の人間中心設計はそうではなく、人の動き、ないしは人の行いに意味があるようにデザインするというものです。
それを別の言い方で唱えたのが、同じ年にノーマンさんが出された『エモーショナル・デザイン―微笑を笑う者たちのために』(原題: Emotional Design: Why We Love (or Hate) Everyday Things)です。ここでは、ユーザー中心設計を言い出したときには忘れていたもの、気づいていなかったものの1つとして、エモーショナルなデザインの重要性が指摘されています。
●「カスタマイゼーション」ではなく「パーソナライゼーション」
ユーザビリティデザイン(人間中心設計)のときに「アフォーダンス」概念を参照したように、エモーショナル・デザインを考えるときにも、ノーマンさんはある概念を用いています。それが「パーソナライゼーション」というキーワードです。
「人に合わせる」ということを示す言葉としては「カスタマイゼーション」があります。なぜあえてカスタマイゼーションではなくてパーソナライゼーションを使うかというと、カスタマイゼーションは、もともとデザイナーが準備した組み合わせの中からいくつか選ぶことを意味しているからです。それに対して、パーソナライゼーションとは、あるものが、買ったそのときから、少しずつ、人とその物とのインタラクションを通じて、その人になじんでいくということを指す言葉です。これは、カスタマイゼーションとは違います。
この説明だけではよく分からないと思いますので、例を紹介します。
例えば、「君の家の家具の配置はどうか。これは住んでいるうちに少しずつ変わっていき、君の生活に合ってきただろう」、「君のコップは欠けたり汚れたりしていないか。これは、君がそれを使い続けたがために残った痕跡であり、それこそ世界中に一つだけの痕跡、これがパーソナライゼーションなのだ」と言うわけです。これは、人と物とのインタラクションが不可欠ということを意味しています。その点で、先ほどの不便益と同じ前提に立っています。
不便益は、手間がかかるという不便から得られる益に注目する考え方です。これはノーマンさんの、人とのインタラクションの末に残るパーソナライゼーションという考え方と同じ方向を向いています。同じことを言っているというわけです。
●不便益を活用してみる
このように、いろいろな分野でこの不便益と同じ考え方を提唱している、同じ方向を向いている考え方があるということが分かったので、次はこれを活かしてみようと思いました。
活かす方法はいくつもあると思います。物事を見る際にも重要な考え方ですが、私は、今後新しく物事を作り出す際に、不便益の視点を導入することにチャレンジしました。新しいシステムをデザインするときに不便益を導入しようということです。
ただ、そのときに、先ほどのごちゃごちゃとした図式を見せて、これを参考にデザインしましょうと言ってもなかなか難しいので、この図式の矢印の一番手前側、どのように不便にしたらよいかを抽出しました。
すると、12種類ほどありました。
そして、その矢印の反対方向の一番先、どんな益が得られるかを分類すると、この8つがありました。
●不便益デザイン実践その1:素数ものさし
ということで、この不便と益を見ながら、新しい不便で益のある物事のデザインに、学生と取り組みました。また、各種のワークショップでもデザイン実践をやってきました。そこで得られたいくつかの例をご紹介します。
まず一つは、「素数ものさし」です。
これはものさしなのですが、...