●不便がもたらすチャンスがある
さらに別の学生の話もあります。その学生は、いつもは原付通学をしていたけれども、壊れてしまったので仕方なく不便な徒歩通学をしていました。そうすると、原付のときには気にも留めなかった食堂におやっと気がつきました。そこにふらっと入ったら、今ではお気に入りの食堂の一つになったそうです。
バックパックで、1か月ヨーロッパに旅行をした学生もいました。そうした旅行でたいてい泊まるのは1泊2000~3000円の安宿です。そうした安宿には、たいていテレビはロビーに一台しかなく、宿泊客がシェアしなければいけない不便な方式です。
しかし、その学生は慣れない英語でチャンネル争いに勝ち、日本のW杯戦をロビーで観たそうです。ところが観ていると、どうも隣に座っている人が自分とテンションが真逆だということにおやっと気がつきました。もしかしてと思ってふらっと話しかけてみると、案の定、対戦相手国出身の方だったそうです。すごく盛り上がって、今でもメールをやりとりしている友だちだと言っていました。
この2つの事例は、実は根っこが同じだと思います。つまり、不便であるからこそふらっとやってみるチャンスをくれて、おやっと気づくチャンスをくれるのです。
●不便がモチベーションを向上させる
これもまた学生の例ですが、就職氷河期の時の話です。多くの学生はなかなか内定が取れずに苦労していたのですが、ある学生が、かなり早い時期から外資系の内定を何個も取ってきました。コツは何だと聞いたところ、「新聞を取るのをやめたのがコツだ」と言っていました。
それまでは、下宿に寝ていても勝手に新聞が放り込まれて、料金も銀行引き落としのため、読まずに下宿から出ることが多々あったそうです。それをやめて、毎朝自分の足でコンビニに行ってキャッシュで買うことにしました。キャッシュでわざわざ買ったので、読まずにポイと捨てることはあり得ません。ついつい読んでしまうと。それで時事に強くなり面接がへっちゃらになったそうで、それがコツだというのです。
それから、もっと私たちみんなが知っている卑近な例、もっと分かりやすい例としてあるのが「おやつ」です。遠足のおやつは確か300円までだったと思います。子どもの頃、私としては「なんでやねん」と思ったのですが、今から考えてみると、あの300円までという制限があったからこそ、遠足の前の日に1時間ぐらいかけてスーパーで自分なりの組み合わせを、ああでもないこうでもないと考えました。今では、それは楽しい思い出になっています。もしこの制限がなかったら、おやつは母親に適当に買っておいてもらうようなものだったかもしれません。
さらに他の例があります。近年、富士フイルムさんの「写ルンです」が30周年の復刻版で限定発売された時に、一瞬で売り切れたそうです。
「写ルンです」とはフィルム式カメラです。本当はレンズ付きフィルムですが、枚数は限定されているので、ある枚数しか撮れません。しかも、撮るときに出来栄えがどうなるかは確認できない不便なカメラです。デジカメと比べたらとても不便ですが、一瞬で売り切れたそうです。
きっと私たちぐらいの世代の人が懐かしがって喜んで買ったのかと思っていたら、実は買った人たちは生まれたときからデジタル世代の若い人たちだったそうです。もともとはフィルム式カメラのあの独特の風合いがインスタ映えするということで飛びつかれたらしいです。
この前、女子高生が、「あの不便が良いんだよ」とテレビで言っていました。36枚しか撮れないので、この風景はその36枚のうちの1枚を使ってでも撮るべき風景か、ということをちょっと考えます。それから、撮る瞬間には出来栄えが分からないので、光の具合や逆光かどうかをちょっと考えます。その「ちょっと考える」ということにより、撮った写真の風景が頭に定着すると言っていました。
デジタルカメラのようにいくらでも撮れて、出来栄えがその場で分かるのであれば、「とりあえず撮っておこう」となります。そうなると、どこを撮ったか忘れたり、それどころか、撮っただけで安心して見返すことさえしないということもあり得ます。
●不便がもたらす4つの益
ここまでの例を少し整理してみました。一番左端がどのようにすると不便になるか、その次の列が、その不便とはどういうものかを表しています。そして、ずっと右に行くにつれて、結果的にどういう益が得られるかが示されています。
ただこれだと少し細か...