●楽しさに「うつつを抜かさない」という孔子の教え
渋沢が尊重している文章の紹介を続けます。
「子曰く、關雎(かんしょ)は楽みて而も淫せず。哀みて而も傷(やぶ)らず」
通常、『論語』の代表的な文章を挙げろといって、こういうところが挙がることはまずない文章です。これも、渋沢は非常に尊重して挙げています。
「關雎」は『詩経』という経書からのものです。五経には『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』がありますが、このうちの『詩経』をバッと開くと一番最初に出てくるのが「關雎」の詩なのです。
「關關(かんかん)たる雎鳩(しょきゅう)は、河の洲に在り。窈窕(ようちょう)たる淑女は、君子の好き逑(つれあ)ひなり」
という文章で、これは歌うかのように、「かんかんたるしょきゅうはかわのなかすにあり~」と詠まれるものでした。心が非常に晴れやかになり、浮き立つような音楽が「關雎」の詩だといえるでしょう。
孔子は「關雎」の音楽を非常に楽しいものだと認めていますが、「淫せず」と言っています。心を奪われ、それにうつつを抜かさないという意味です。孔子にも喜怒哀楽は強くありましたが、それにうつつを抜かさない。心を奪われないことが重要なのだということで、渋沢はこの章句を上げているわけです。
●感情に負けず喜怒哀楽をコントロールする
人間である以上、喜怒哀楽はもちろんありますが、それに飲み込まれることがない、ということです。これは、四書の中の『中庸』巻頭にも、全く同じことが書いてあります。そこでは、「喜怒哀楽をいまだ発する前の状態が中庸の心だ」と言われます。したがって、感情的にならずに、自己コントロールが効く人間になるべきだということです。
私自身にも経験がありますし、失敗した人間を何人も見ていますが、「言わなければよかったのに」という一言を、腹立ちまぎれ、怒りにかまけて言ってしまい、一生を台無しにするということは、よくあることです。
孔子は、そういう失敗をずっと見てきたのでしょう。したがって、自分は喜怒哀楽ごときに負けてなるものかと思った。渋沢栄一もまったく同じで、喜怒哀楽に負けない。喜んだり怒ったりはしますが、すぐに切り上げるということです。
これも、渋沢が自分を鍛錬するのに非常に学んだところではないか、ということです。
●「巧言令色」はなぜ社会秩序を破壊するのか
次に挙げるのは、大変有名な言葉で、「巧言令色、鮮(すくな)いかな仁」です。
孔子が一番嫌う人間は「巧言令色」の人でした。「口先人間」といえばいいでしょうか。本当にはそう思っていないのに、口先だけで対処していく人間を指しています。
孔子はなぜそういう人が嫌いかというと、彼らはだんだん巧みになってくるにつれ、思ってもみないことを言うのに長ける。褒めことばなども非常に巧みになり、あたかも思っているかのように人を欺いてしまう。それが世の中の混乱の極致だと考えたからです。
一番の極致は、わあわあ言う人ではなく、うそ偽りをまるで真実のように言う人が、世の中を惑わすという点において一番厄介だと見たわけです。そのために、思ってもいないようなことを上手に言う、うそをつくような人が嫌いだと公言しました。
ですから、少なくともそういう人間にはならない。なぜかというと、「信なくば立たず」で、「信」はそういうところからは生まれてこないからです。
その点、渋沢は非常に信頼された人でした。厄介な問題が起こっても、渋沢が調停に行くと、その席に着いただけで両者が「悪うございました。よく分かりました」と言ったという逸話が残っているぐらいです。
それは何かというと、「うまいことを言わない」。うそをつかず、自分の本心で全て対処するということを貫いた人。これが、信頼を生んでくる最大のポイントです。長く付き合えば付き合うほど、その人間というものをよく知ることになり、口先だけでは対処しきれなくなってくる。それが人間の付き合いだというのが、渋沢の学んだことです。
●「任重くして道遠し」と「死して後に已む」
次に、渋沢も説いていて、大方の偉人がみな的を射ていることがあります。次の文章、これも有名な『論語』の一文です。
「曾子曰く、士は以て弘毅ならざる可からず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す。亦重からずや。死して後に已む。亦遠からずや」
これはどういう意味かというと、「士は以て弘毅ならざる可からず」。「士」は士大夫という教養人。教養人は弘毅(節度を失わない)でありたい。非常に辛抱強い意志を持つ人であり、苦節十年、こつこつと努力を忘れずに仕上...