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『論語』に学ぶ、健全な社会をつくるための2つのポイント

渋沢栄一の生涯と教養としての『論語』(5)『論語』の特性

田口佳史
東洋思想研究者
情報・テキスト
孔子の発見した「礼」は、世の秩序形成を象徴するものであり、孔子の具体的な言行録を収めたのが『論語』である。そこで説かれるのは漠然とした社会の理想ではなく、一人一人が「身を修める」ためのケーススタディと言っていい。渋沢栄一はいつも『論語』を頼りに、具体的な解決策を引き出していった。(全9話中第5話)
時間:08:59
収録日:2020/03/03
追加日:2021/08/15
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≪全文≫

●『論語』は秩序形成のためのケーススタディの書


 秩序が破壊されたところの特性としてよく挙げられるのが、「非礼」と「無礼」です。私も、以前は学級崩壊した現場などへよく行ったものですが、まさに非礼・無礼の極致でした。非礼・無礼というものがなんと秩序を壊してしまうものかということが、よく分かったわけです。

 これらのことから分かるように、秩序の形成には、なんといっても「礼」というものが重要です。『論語』というものを通して「礼」というものを学んだり、「礼」をまた回復するにはどうしたらいいかということを非常に体得したりしたのが、渋沢ではないでしょうか。


●健全な社会をつくるためのポイントは2つ


 健全な社会をつくる最大のポイントとして、やはり『論語』に学ぶことは重要だということをお話ししています。皆さま方も、自分の家庭の秩序形成、あるいは職場の秩序形成、それから学校の教師をやっておられる方々は学級の秩序について、よくお考えいただくと、非常にいいと思います。そういうときにぜひ『論語』をしっかり学んでいただくのが基本です。

 渋沢栄一がなぜ『論語』を愛し、重視したのかということの第一として「秩序の形成」、「健全な社会」を非常に重視していたということがあります。これが第一です。

 第二点ですが、『論語』が説いていることに、漠然とした社会や漠然とした組織といったものはありません。これは『論語』とともに四書の一角をなしている『大学』が説いていることを考えると納得していただけると思います。

 『大学』は「平天下」(天下泰平)のためには、何といっても「治国」(国が治まる)がなければ駄目だといいます。そして、「治国」のためには、国の単位である家が斉(ととの)っていなければ駄目である。家が斉うためには一人一人の人間の身が修まっていなければ駄目だ。つまり、修身・斉家・治国・平天下という順番を説いているわけです。

 いってみれば、最終的には修身である。漠然とよい社会や健全な社会といってしまわず、それは全て一人一人の国民の身が修まっているかどうかにかかっているのだというのが、儒家の根本思想です。


●解決策がすぐに出てくる『論語』の秘密


 身が修まっているとはどういうことかというと、身が修まらない状態を考えていただくといい。例えば父親が「自分は自分でいいようにやるから、みんなもいいようにやっていい」と言って、たまにしか帰ってこない。母親のほうも「私もいいようにやるから、みんなもいいようにやっていい」となる。子どもも「私もいいようにやるから」と言う。みんながいいようにやる。これは身が修まっていないわけです。

 身が修まるというのは、自分の身分が修まるという意味でもありますから、要するに役割を指します。父親は父親の役割、母親は母親の役割、子どもは子どもの役割というものがちゃんと果たされているかどうかというのが、「身が修まる」ということです。

 そうなると、帰するところは全て自分です。『論語』というものはいろいろなことを説いているのですが、帰するところは全て自分なのです。ですから、迷うことがない。解答のないものがない。全部自分に帰ってくるわけだから、自分からやればいいわけです。

 ですから、『論語』を読んでいると、どうしても「他責」というものがなくなってきます。「あいつが悪いから、自分はうまくいかないんだ」と言って、何でも他のせいにする。中には、「時代がいけないんだ」とか「会社がいけないんだ」と言って、みんな他責にしてしまう。

 これは結局「隣の彼が悪い。そのために自分が不幸なのだ」ということで、隣の彼がそれをよく知って、改めてくれるまで自分は不幸だということになります。そうではなくて、「全て物事(の責任)は自分にある」というのが自責です。自責と捉えた瞬間に、「自分が改めればいい」「自分がやればいい」ということになるので、解決策はすぐに出てきます。


●具体性のある『論語』、概念的・評論的な現代の日本


 『論語』では実は「根源」を説いていて、根源を説いているからこそ解決策がすぐ出てきます。解決策がよく分からないような概念的・概論的なことは一つも書いていません。非常に具体的なもので、「あなたの気持ちの、こういうところがよくない」とか「こういう態度だからいけない」と、具体的で非常に厳しい指摘がどんどんなされるのが『論語』です。ですから、『論語』というのはとてもいいもの、具体性のあるものなのです。

 今の日本の社会を見ていて、私が一番懸念することを一つ言うとすれば、非常に概念的で評論的な話が多いことです。そうなると、どうしても他人事の話になりがちだし、他責になりがちで、「あいつのあそこが悪い」「あれが悪い」「これが悪い」というこ...
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