●企業ブランディングの枠組みで健康経営を推進する
では、そうした(企業ブランディングの)枠組みの中で健康経営をどう推進できるかですが、それを考えるのが「健康経営ブランディング」という概念です。
そこで前回お伝えした発想を展開していくのですが、スライドをご覧いただくとお分かりの通り、企業ブランドの理念(メッセージ)が三角形の頂点にあります。左下が企業の文化・能力(社内の組織の中のアイデンティティ)で、右下が外部の評価です。
ただ、健康経営は個々の従業員が健康になっていかなければいけないので、組織レベルで見ていくだけでは足りず、ミクロの個人までしっかりと見ていかなければいけません。ここで、スライド内のグレーの枠で囲った部分(左が仕事の資源、右が個人の資源)にインタラクションがあります。
組織の中にいる個人は、仕事の中、つまり職場での資源です。それが企業の文化・能力であり、上司の価値観や上司の個人特性、内発的な動機付け、リーダーシップといったものも組織の資源になります。また、企業のブランド理念自体が個人の資源にプラスになっていきます。特に個人の価値観が会社の理念に共鳴している場合には、それが個人の心理的な資源になり、個人の健康にプラスになっていきます。つまり、企業ブランド理念への共感と共鳴自体が動機付けにつながり、さらに健康にもつながっていくのです。
それがどういう形で具体的にできるのかですが、そのときに「ワーク・エンゲイジメント」という概念が入ってきます。仕事そのものに対して活力・熱意・没頭が向上して、「バーンアウト」といわれる、ストレスが恒常的にある状態が緩和されます。これが健康増進、病気予防、そして生産性・パフォーマンス向上につながります。それから組織としては、理念に基づいた行動を従業員がしてくれて、アブセンティーイズムやプレゼンティーイズムが低下します。
●経営理念とワーク・エンゲイジメントには相互的な関係性がある
今の話で、ワーク・エンゲイジメントというコンセプトを初めて聞いた方もいると思います。これは背後に、非常にしっかりした学術的な研究があります。ここで全てお話しすることはできないのですが、しっかりとした科学的な知見に基づいており、組織の資源や個人の資源が、モチベーションだけではなく、個人の健康にまできちんとつながっていくことを示す実証研究が積み上げられています。
そのため、こういうワーク・エンゲイジメントの考え方を健康経営の中にしっかりと取り入れた上で、それを回していくということが大事です。これまでにお見せした健康経営の定義にはありませんが、実際に健康経営を実践していくために、こういう捉え方をしたらいいのではないかと私が考えている定義が、上に示したものです。
それが「産業保健の基盤に立って、経営理念の浸透と実現を通して従業員のワーク・エンゲイジメントを向上させ、その結果として生産性の向上と従業員の健康保持・増進を実現する持続可能な経営手法」です。経営理念を従業員個々人の価値観と共感・共鳴させることによって、従業員が健康になり、経営理念の実現がよりよく行われるという関係性は非常に分かりやすいのです。
しかし、実際には逆の関係性もあります。つまり、従業員が共感・共鳴できるような理念を企業がしっかりと提示して、それを実際に実行していくことによって、そこに加わった従業員はやりがいや働きがい、また充実感を覚えて、実際に健康になっていくということです。これは、今まで相互的な関係性があることはなかなか意識されませんでしたが、科学的にも実証されつつある特徴です。
●ワーク・エンゲイジメントの重要な三つの側面
ここで具体的にワーク・エンゲイジメントの中身に入ります。いろいろな研究がたくさんあるので複雑になってしまうのですが、先ほど申し上げた通り、ワーク・エンゲイジメントには、仕事に誇り・やりがいを感じて熱意を持って熱心に取り組むという側面と、それに没頭・集中する側面、そしてその仕事から活力を得て生き生きする側面の三つがあります。
これにプラスのインプットとして、こういう状況をつくる先行要因になっているのが、組織・仕事の資源としての上司・同僚のサポート、仕事の裁量権、フィードバック、コーチング、課題の多様性、そしてトレーニングの機会です。個人の資源のインプットとしては、自己効力感、楽観性、心的回復力を指すレジリエンス、そして仕事の意義があります。
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