●通勤やオフィス賃貸の意味合いが問われる
―― 廣瀬先生、今回のシリーズ講義、まことにありがとうございました。
廣瀬 どうもお粗末さまでした。
―― ちょうど今ヘッドセットをつけて、まさにメタバースの空間の中にいるところです。ヘッドセットをつけているので、自分たちが実際どちらをどう向いているのかが分からないのですが、この空間の中で先生と今、コロナ禍ではあり得なそうな距離で向き合っているということになりますね。
廣瀬 リアルワールドでは絶対不可能な距離で向かい合っていますよね。
―― そうですね、非常に面白いというか。
廣瀬 久々というか(笑)。
―― こういう空間感覚は、先生が講義でおっしゃっていたように、ZoomやTeamsのようなTV電話(会議)とは全然違う感覚ですね。
廣瀬 距離感覚というのは、割と大事ですよね。
―― そうですね。実際これを体験してみると、先生が話された「空間における身体性」のようなものが、非常によく分かる感じがあります。
廣瀬 そうですね。
―― 先生の講義の中で非常に印象深かったのは、メタバースが盛んに行われる時代になると、既存の産業を含めてある種の覚悟が必要だというお話です。こういう空間や感覚が普通になってくると、例えば、(通勤のため)誰もが電車に毎日乗るのかどうかを含めて、きっと変わってきますね。
廣瀬 おっしゃる通りです。通勤という概念自体が変わりますね。今、私はテーブルを境にして向かい合っています。こういう状態になると、この電子空間自体がオフィスになるわけです。「ではこのオフィスでいいのではないか」という話になります。そうすると、「今、借りているオフィスって何なの?」という話になりますね。
―― 確かにそうですね。
廣瀬 実際、それに近いことは起こっています。今日はたまたまVRセンターのほうに出てきましたが、コロナ以降、私がこの部屋に来たのは5回目ぐらいではないかという感じです。
―― そうですか。
廣瀬 それでも部屋代は出ていっているわけです。この部屋を借りている意味を考えてみると、とてつもなく高い単価で借りていることになります。だから、会社などの場合、そのオフィスをこのまま借り続けていいのか、あるいはもっとコンパクトでいいかもしれないですよね。
―― 本当にそうですね。リモートで会議をするときの1つの問題点として、雑談っぽいことが少ししづらい、あるいはよく知った人であればZoomやTeamsでやっても普通に話ができるけれども、初対面の人とはなかなか厳しいのではないかということがあると思います。でも、実際こういう身体性を伴ってみると、リアルに会っているのと近い感覚を体験者としては感じますね。
廣瀬 そうですね。細かいことをいえば、まだ目線と目線が合っていないとか、しゃべっていても口が動いていないとか、いろいろあると思います。しかし、メールで文字面だけでやり取りするよりははるかにいいとか、Zoomで周りが見えない中、何かやるよりもこのほうがいいなどと思う人たちも出てくるでしょうね。
―― そうですね。
●身体と精神の関係に揺さぶりをかける
―― 例えばゲームの世界では、1980年代にロールプレイングゲームが出てきたり、シミュレーションゲームとして「三国志」や「信長の野望」のようなものが出てきたりした時に、自分がまったく違う人間になれることが非常に大きな衝撃をエンターテイメントに与えたと思います。それが、こういう形でメタバースの世界に入ってくると、自分の体感も含めて変わってくる感じがしますね。
廣瀬 おっしゃる通りです。われわれは身体を持っているわけですが、リアルな身体と自分が自分であるという精神は、リアルワールドでは完全に1対1の対応をしています。しかし、ゲームの世界では、そこを違うようにしてもいいかどうかというのが面白いところです。つまり、ゲームの世界に入る人にとっては、そういうところが面白さの1つになるわけです。
スペインの大学の先生が面白いことを言っています。例えば今、ドラムを叩くという操作をしたとします。ドラムを叩くときに、今われわれがしているようにネクタイを締め、きちんとした格好をしていると、あまり真面目にはドラムを叩かないのだそうです。それは恥ずかしいからです。
―― なるほど。
廣瀬 ところが、バーチャルな世界だからアバターを変える、例えばレゲエのおじさんのような格好にして叩かせると、身体の動きから何から全部変わってしまうのだそうです。
―― なるほど、なるほど。
廣瀬 実は身体と精神の関係は、われわれが考えている以上に複雑なもので、VRの世界ではそういう関係をいじることもできるわけです。
●メタバースの中の複数の「自分」を楽しむ
廣瀬 何年か前に、うちの学生が面白...