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ミルグラム実験が示した「同調」の負の側面と権威への服従

認知バイアス~その仕組みと可能性(7)共同のバイアス〈後編〉

鈴木宏昭
元青山学院大学 教育人間科学部教育学科 教授
情報・テキスト
集団の中にいることで、他者の評価が気になったり、責任の分散が起きたりするが、共同に潜む負の側面はそれだけではない。常識的には考えにくい残酷な行為をも実行してしまう「同調」という共同のバイアスとして「ミルグラム実験」を紹介し、私たちが「共同のワナ」に陥らないための注意点やその方法について解説する。(全7話中第7話)
時間:12:13
収録日:2022/05/26
追加日:2022/11/22
カテゴリー:
キーワード:
≪全文≫

●他人への「同調」が判断を誤らせる


 共同のワナの4つ目は「同調」です。スライドの右の課題を集団で行います。スライドに書いてありますけれど、左側の枠の中の線と同じ長さの線をAからCの中から選んでくださいというものです。

 こういう実験を心理学者がやっていると、「Cだと思うけど、引っかけで実はCではないのではないか」と考えたりする方がいらっしゃるかもしれませんが、Cで正解です。このような、ものすごく簡単な課題を何題もやらせるのです。

 1人でこれをやると99パーセント以上の正答率になるくらい簡単な問題を出すのですが、その出し方が面白くて、これを6人の集団で行うのです。実は6人のうちの本当の被験者は1人だけで、残りの5人はサクラ。このサクラたちは共謀して、18題中6題の問題で、わざと間違った答えを5人が全員一致で言う。そして、本当の被験者の人は、必ず最後に答えることになっている。

 そういうことをやると何が起きるかというと、1人でやれば99パーセントの正答率になる課題で、18問中3問も間違えるようになります。さらに、これがチーム間の競争だというようなシチュエーションになり、別のチームより成績が良かったらもっとご褒美が出ますという要素を入れると、さらに間違いの数が増えます。同調して間違えてしまうのです。つまり、人が言ったことにおかしいと思っても、「そんなものか」という感じで、(人が言ったことに)ついていってしまうわけです。人がいなければそんなことは起きないので、これも共同のワナといえます。


●同調の負の側面と権威への服従を示した「ミルグラム実験」


 このような現象の極めつけの実験が、ミルグラムという、社会心理学の巨人といっていい人物の行った実験です。これにもサクラが入ってきます。2人ペアで参加するのですが、本当の被験者は1人だけで、もう1人はサクラです。そして、実験者が別にいて、被験者に「これから学習ゲームをやってもらいます。どちらかが生徒になって、どちらかが先生役になってください」と言い、くじを引かせるわけです。実はクジもいかさまで、必ず被験者が先生役になるようなクジにしてあるのです。

 それで別室に置かれます。姿は見えなくて、声は聞こえます。そして、先生役になった被験者の横には白衣を着た実験者がいて、ある記憶のテストのようなものをやります。それをサクラは一定の割合でわざと間違える。間違えたときには電流を流すという設定にする(今はこういう実験はほぼできないと思いますが、昔はできたのです)。そして、15ボルトずつ電圧を上げていく。間違えるとボタンを押す。また間違えるともう1個押す。ということで、どんどん電圧を上げていくということをやっていくわけです。

 そうすると、サクラである学習者のほうは、100ボルトぐらいになったとき、「痛いよ」などと言い始めます。200ボルトあたりになると、もう悲鳴を出すわけです。300ボルトになると、「もうやめてくれ。やめてくれ。帰してくれ」などと叫んで中止を求めます。そして、330ボルトになると、まったく反応がなくなってしまいます。本当の被験者である先生役の人は、「自分がもうやめたいと思ったら、やめてもいい」と言われるのですが、その際には白衣を着た実験者が4つほどきつい質問をして、「それでもやめたいのだったらやめてもいい」ということを言われます。

 こういうセッティングになったときに何が起きるかというと、その3分の2の参加者が最高電圧の450ボルトまで実行したという結果が出たのです。普通に考えて、100ボルトでやめませんか。皆さんだったらどうですか。進めるとしても150ボルトくらいまでだと思うのですが、半分以上の人が最高電圧まで上げました。生徒役の人は無反応になっていて、死んでいるかもしれないのですが、それでもやるわけです。

 これはもともと、ナチスのユダヤ人虐殺にショックを受けたミルグラムが考案した実験です。ナチスがしたような残虐なことがどうしてできるのだろうか。ドイツ人の気質がそうさせたのではないかというようなことを考える人たちがいて、これもバイアスなのですが、そうなのだろうかということも含めて実験をやってみたわけです。全部アメリカの被験者ですが、450ボルトまでやるのです。ですので、ナチスの話は別にドイツ人の気質の問題ではないのです。

 これは何かというと、同調です。実際にボタンを押すのは1人ですけれど、横に実験者がいるということが非常に大事だと思います。その人から質問を受けたり、急かされたりすることがあるのがとても大事で、それに同調したのです。 また、自分は実験者の指示に従ってボタンを押しているだけだから、私が苦しめているわけではな...
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