●「ブレーンストーミング」がアイデア創出の低下をもたらすという報告も
では「共同万歳!」といえるかというと、実はそうではありません。コインの表があれば、必ず裏がある。共同がいつでも素晴らしいものを生み出すかといえば、そういうわけではありません。このようなことは、認知科学というよりは社会心理学の分野で非常にたくさん研究がされてきています。
ブレーンストーミング、これは「ブレスト」といって、日本でもいろいろな会社や組織で行っていると思います。「自由奔放」「質より量」「判断延期」「結合・改善」という4つの原理のキーワードのもとで、全員で意見を出し合って、自由奔放にアイデアを出し合っていきます。そして、その判断をいちいち「おまえはダメ」などと言わないで貯めていき、それらを結合し、改善して、いいアイデアに作り上げていくという素敵なものです。
実はこれを実験的にきっちり研究したものがあるのです。ある時点、といっても1990年ぐらいだったと思いますが、それまでに20件ほどそういう実験的な研究がありました。それらを全部見てみると、ブレーンストーミングにおいて、それをやらなかったときよりも(やったときのほうが)いいものが出てきたという研究は、残念なことに実は1つもないのです。しかも、その中の80パーセントはアイデアの創出が低下しているという報告を行っています。
私も最初にこのお話を聞いた時は非常にびっくりしました。ブレーンストーミングは有効なのではないかと思っていたので、「私たちは何をやっていたのだろう?」と考えてしまいました。
●共同がうまくいかない3つの理由
ブレーンストーミングがうまくいかない理由について、社会心理学の方たちはいくつかの理由を出しています。そのうちの1つが「ブロッキング」と呼ばれるもので、これはすごく簡単なことです。集団になると一度に複数の人がしゃべることができない。1人ずつ順番に話していくしかない。なので、誰かが話をしていれば、自分は何か思いついても黙っていなければいけない。もちろん、そのあとに「今度は私が」と話せるときもあるけれど、その誰かの言った話がすごく面白かった、何か興味をひかれたというようなことがあると、もう自分の話を忘れてそちらの話に乗っかってしまって、自分の意見というものが忘れられてしまう。ということが起きるのです。
それから2番目も分かりやすいと思います。「評価不安」です。「自由奔放に」と言われても、それを真に受ける人はあまりいません。「こんなことを言ったら、さすがに馬鹿にされるのではないか」と思ったりします。ですので、いくら自由奔放、判断延期といっても、私たちは本当に自由奔放にはなかなかなれないのです。なので、アイデアを抑制してしまいます。1人のときだったら書き出せるものでも、複数いて、みんなの前で話すという場面になると、それが引っ込んでしまうということです。
また逆に、「これを言ったら勝ちだろう」「あいつを超えてやる」というような「自己顕示欲」のようなものが働くと、これはこれでまた考え方が固定されてしまいます。こういうことが、共同やブレーンストーミングのうまくいかなさにつながる可能性があるということです。
●フリーライダーと責任の分散――キティ・ジェノビーゼ事件を検証
それから3番目は、「フリーライダー」と「責任の分散」です。
フリーライダーは、要するに「ただ乗り」ということです。会議のときにずっと内職をやっている人や寝ている人、何も考えていないような人というのは確実にいます。そういう人がいても、他の人がその分頑張るので、なんとなくうまくいってしまいます。自分がやらなくても誰かが言ってくれる、やってくれると思うので、できるだけ面倒なことは考えたくないというようなことが起きたりするわけです。これがフリーライダーです。
これとすごく関係するのが、責任の分散という、社会心理学では有名な現象です。この話をするときに必ず出てくる、あるいはきっかけになったのが、「キティ・ジェノビーゼ事件」です。ニューヨークで1960年に、キティ・ジェノビーゼという若い女性が殺害されました。1回目に刺された時、ニューヨークの街中で「助けて」と悲鳴を上げましたが、その声を聞いた人はおそらく30名以上、40名弱いるはずだということです。ところが、誰も警察には通報しなかったのです。その後、この犯人がもう1回戻ってきて致命傷を与えて、このキティさんは亡くなってしまったということです。
...