●良いアイデアを生み出すため、オフィスにこだわっていた
―― 続いて、「ジョブズにみるイノベーションの起こし方」です。
1番目が、「ネットワーク時代になり、電子メールやチャットでアイデアが生み出せると思われがちだ。そんなバカな話はない。創造性は何気ない会話から、行き当たりばったりの議論から生まれる。たまたま出会った人に何をしているのかを尋ね、「うわ、それはすごい」と思えば、いろいろなアイデアが生まれてくるのさ」と書いています。
桑原 ジョブズは早くからオフィスにこだわっていた人です。
―― いわゆる職場環境ですか。
桑原 そうです。よくグーグルは「エンジニアの楽園」であるとか、少人数のグループでやっているなど、いろいろなことがいわれますが、その先駆けは全部アップルです。特にマッキントッシュをつくっていたときは、本当にエンジニアの楽園のような環境をつくって、少人数でやっています。ジョブズという人は、単に優れた人を集めれば良い、お金をかければ良いというよりも、その人たちがどれだけ能力を発揮できるかにも力を入れていて、環境を整えることにも結構一生懸命だった人だと思っています。
―― 例えば、どういうことをやったのでしょうか。
桑原 この言葉は、ピクサーが新しい本社をつくるときによく言っていました。ピクサーのオフィスは、最初は孤立した小部屋や会議室を作ろうとしていたのですが、それはダメだと。人が偶然出会うようなオフィスにしなければいけないということで、真ん中に中庭のようなものを作って、そこを全部の人が行き交う、そこを通らなければどこにもいけないようなオフィスをつくりました。
それがなぜ必要かというと、電子メールやチャットではアイデアは生まれないからだと。人が出会って、人が会話をして、いろいろなアイデアを持ち寄ってこそ、そこからイノベーションは生まれてくるのだ。だから、オフィスもそうしなければいけないというのです。
当たり前のことですが、孤立した部屋にずっと押し込めていて、普段誰とも出会うこともないところからは、偶然の出会いは生まれない。そうではなく、イノベーションは人と人が出会って、刺激し合って生まれるのだと。それをすごく大事にしていた人です。
●イノベーションは偶然の交流から生まれる
―― なるほど。2番目が、「協働と創造性を促進する建物にしなければ、偶然が生み出す魔法やイノベーションの大半が失われてしまう」ということです。
桑原 今のグーグルでよくいわれることですが、グーグルの場合は誰からも近いところに食堂があったり、お菓子などいろいろな食べ物を置いたりしており、そういうところに人が集まってきて、そこで会話が生まれる。それがイノベーションにつながるといわれていますが、ジョブズがもともとピクサーやアップルでやっていた建物がまさにそれです。偶然が生み出す魔法をものすごく気にしているのです。
ジョブズというと、インターネットもそうですが、非常に機械的な人だとイメージがあるのですが、しかし、人間のすごさを一番信じていた人なのではないかと思います。人間は刺激すればすごい創造力を発揮するが、そのためには環境が大事だということで、協働と創造を重視します。特に協働はジョブズから一番遠そうなイメージですよね。でも、ジョブズはチームスポーツという言い方をしているのですが、やはり仕事はチームスポーツだと。そして、みんなの創造性を刺激しなければいけないと。
ということで、オフィスや仕事のやり方などにすごくこだわりました。
―― しかも、それは仕組みながらも、計画ではなくてあくまで偶然なのですね。
桑原 そうです。偶然でなければいけません。みんなが集まってくる会議はダメだと。
―― その偶然が起きやすい環境をつくるけれど、あくまで大事なのは偶然だと。ここがまた面白いところですね。
桑原 そうです。
●成功を否定し、既存の製品を超えていく
―― 3番目が、「自分で自分を食わなければ、誰かに食われるだけだからね」ということです。
桑原 『イノベーションのジレンマ』という有名な本がありますが、それが一番言っているのが、やはり成功した企業ほど失敗に陥りやすいということです。これは実際にそうです。すごい製品をいっぱいつくって、すごく売れているところが、それを否定することほど難しいことはないですし、社内の反対も大きいのです。
そのため、ジョブズがいつもやっていたのは、「自分で自分を食う」ということです。自分でつくったものを自分で否定します。パソコンに代わってiPadやiPhoneをつくったのもそうです。iPodにしても、一番売れている製品を廃止して、それに代わる製品をつくったりしていま...