●アップルの追放と復帰をめぐる困難にもめげない姿勢
続いて、ジョブズの「人を魅了する生き方」です。1番目の言葉は、「ベストを尽くして失敗したら? ベストを尽くしたってことさ」ということです。
桑原 ジョブズの場合、結局アップルへ復帰するかしないかは、本当に人生を賭けた選択でした。アップルを辞めて会社をつくるのもそうですが、結局普通の人だったら、失敗したらどうしようと思って止めてしまいます。アップルへの復帰についても、CEOにならずに、顧問的な形で口を出すだけでも本当は良かったのです。そこを考えに考え抜いた結果として、「ベストを尽くして失敗したら? でもそれはベストを尽くしたってことさ」という、常に自分にとって最良のこと、自分が最もやりたいことをやってきたのが、彼の生き方だと思います。
―― 2番目が、「自分の居場所を自分でつくるんです」ということです。
桑原 これはアップルを追放された時の言葉です。この時にネクストという会社をつくっていて、そこで言っているのが、「アップルにもし自分の居場所がないのだとしたら、僕はもう一度自分で居場所をつくる」ということです。そのため、アップルの追放は、別にジョブズが完全に外に出てほしいという意味ではありませんでした。非常に世界的有名人なので、経営に口を出さないで、スポークスマン的な形でいてもらう分にはいっこうに構いませんでした。ただし、そこを出ていくということは、ものをつくる場所がそこにはありません。自分の居場所がなければ自分でつくればいいという考え方です。
今の若い人たちにも、ここが居づらいなら他の場所に移る、あるいは居場所をつくるという考え方をする人が結構います。そういう意味では、これは結構影響を与えている言葉なのではないかと思います。
―― 非常に能動的な言葉ですね。
桑原 そうです。
●あらゆる経験が自分の糧になると信じること
―― 3番目は、「点が将来何らかの形で結びつくと信じなくてはいけません。信じるものを持たなければなりません」ということです。
桑原 これは、有名なジョブズのスタンフォード大学の講演の中の言葉です。リード大学をジョブズは結局一学期で辞めたのですが、その後相変わらず寮に居座って、自分の気に入った授業に少し出ていました。その時に書体に関する授業を受けて、マッキントッシュに、パソコンの味気ない書体ではなくて豊富な書体を持たせたらどうだろうかと考えます。
―― 書体というのはフォントのことですね。
桑原 そうです。それをやったことによって、パソコンがまた美しいものになっていくことにつながりました。マイクロソフトのビル・ゲイツはひたすらずっとエリート街道を歩んでいて、横道に逸れていません。しかしジョブズの場合は、若いときからいろいろなことを経験してきています。それが自分の財産になっていて、つながっていきます。若い人に対して、失敗も無駄にはならない、若いときに無駄な経験は何もないという言い方がありますが、今やっていることに絶望するのではなくて、これがいつか役に立つと思わなければいけません。自分もそうだったということで、本当に勇気を与える言葉だと思います。
―― 点というのは、成功も失敗も点で、それがいつか結び付いてくるということですね。
桑原 そうですね。そこがつながっていくということです。
●本当に好きなことを全うしたジョブズの人生
―― 4番目が、「前進し続けられたのは、自分がやることを愛していたからだ」ということです。
桑原 ジョブズにとってものをつくることが、自分にとって一番大好きなことでした。結局、アップルを辞めたときにどうやって生きるかということになります。何度もご説明したように、いろいろな選択肢がある中で、やはり自分はものをつくること、それも少人数の優れた人と一緒になってものをつくるのが好きなのだということになり、ずっとものづくりにこだわり続けました。
アメリカの成功者の中には、会社を早くに売ってベンチャーキャピタルとしてやっていく人もいっぱいいるのですが、ジョブズの場合は本当に死ぬまでものをつくることにこだわり続けました。若い人に対して、「自分の好きなこと、本当にやりたいことを見つけなさい」「好きなことだから情熱を傾けられるのだ」ということを強く言っています。
―― 続いて5番目です。「それはキャリアと呼べるようなものではない。これは私の人生なんだ」ということです。これはどういう意味でしょうか。
桑原 これはジョブズを知る人にとっては非常にグッとくる言葉です。ジョブズが晩年にキャリアについて問われた時に、「キャリアではない。これは人生なのだ」と言っています。本当に自分の人生そのも...