●いかに牛肉の味を再現するか、カギは鉄分にあり
―― 今この培養肉を見た多くの方が思っていらっしゃると思うのですが、先生はこれを召し上がったわけですよね。
竹内 はい。これをそのものではないのですが、別の形のものは食べました。
―― どんな感じなのですか。
竹内 予想はしていたのですが、食感としては期待以上に噛み応えがありました。ゼリー状のものなので、噛んでもすぐなくなっちゃうのではないかと僕は思っていたのですが、意外と残っていて、それは期待とはちょっと違っていました。期待通りだったのは、味がなかったことです。牛肉の細胞を大量に培養して牛肉の組織を作ったのですが、牛肉の味はなかったということです。
では、牛肉以外の味としてはどういうものがあったかというと、おそらく培養液由来だと思うのですが、しょっぱさです。意外とほのかなしょっぱさがあって、このままご飯につけて食べたらおいしいのではないかという味ではありました。
あとは、どこから来たのかまだ分からないのですが、うま味がありました。ただ、牛肉の味はなかったので、培養する中でどうやって牛肉の味を出していくかということが基礎研究としての課題なのではないかと思っています。
その中で重要なのは、やっぱり脂ももちろんあるのですが、鉄分だと思っています。鉄分はまさに赤身にも通じる部分があります。赤身を作るにはどうしたらいいかということで、1つのヒントとしては、例えば培養中に、筋肉を基本的に僕らは動くものとして使っているわけです。そうなると、動きや力をずっとかけた力学的な負荷のあるような状態、あるいは一定の期間負荷をかけたような状態で培養するのがいいのではないかということで、培養中に電気刺激をかけてみました。そうすると、筋繊維の数とかサルコメアの量がグッと増えるということが分かってきました。
なので、今は電気刺激を例に取ったのですが、いろいろな培養のコンディションを変えることによって筋肉の成熟度が変わってくるのではないかと僕らは思っています。そのあたりを調整していこうというのが1つです。
●分厚い培養肉を作るための課題は「養分の浸透」
―― 今、実際に作ったところから電気刺激などで行うというお話がありましたが、他に課題としてはどういうことがあるのですか。
竹内 技術的な課題としては、とりあえず僕らは今すごく小さいお肉を作ることができるようになっており、例えば1センチ角ですが、でも1センチ角をもって鉄板焼きのステーキができたとはなかなかいえないわけです。
最低でも100グラムくらいのお肉を作っていきたいと思っているのです。だいたい7センチ×7センチ×2センチくらいで細胞がぎゅうぎゅう詰めにあったりすると、おそらく100グラムくらいいくのではないでしょうか。そのためには分厚いお肉を作らなければいけません。
分厚いということは、細胞が幾層にも重なったお肉のことです。細胞を重ねるということは、実はある程度の技術があればできるのですが、その中で細胞を生かしながら培養するのはなかなか難しいのです。
どうしてかというと、今までの組織培養は、大きな培養液の中で細胞を固めて培養していくのですが、そのときの栄養分は組織の外側から供給されていたわけです。だから、培養液が組織の中にしみ込んでいった中で一番深くまで培養液が到達したので、全ての細胞が生きていられるというような状況があったわけです。
ところが、数センチの分厚い組織になってくると、外側に養分を置いただけでは中まで養分が浸透しないのです。そうしますと、だいたい培養肉の培養期間は2週間から1カ月くらいを考えているのですが、養分が浸透しなければ、その中で細胞はどんどん死んでいってしまいます。死んでいくと、分解されて「鬆(す)」が入ったような形になって、要するに空洞ができてしまったりします。そうなると、細胞は入れたけれど、2週間後に取り出してみたら中がスカスカ、というような状態になってしまうわけです。
なので、中までいかに細胞を生かしつつ培養していくかということが大きな課題と思っています。
人間の場合はどうかというと、これだけ分厚いお肉が人間の僕らにはあるけれど、中まで養分がいっているのは血管があるからです。なので、心臓から養分がいくと、細かいところまで養分がしっかりと到達するというのが僕らの生体です。それと同じような構造を培養肉の中でも作り込んでいかなくてはいけないだろうとは思っています。
―― そうすると技術的には、先生のお見立てですと、第一話で(全体が)100としたらどのくらいですかという質問をしましたが、100グラムくらいのお肉ができ...