●ビジネスと研究で異なる開発競争の現在
―― 今、培養肉というジャンルでも、それこそイギリスの3800万円のハンバーガーの話がありましたように、いろいろな開発が進んでいる中だと思うのですが、世界と比べたとき、先生の研究は開発競争における位置としてどういう状況なのですか。
竹内 研究レベルと、あるいはビジネスに向かって早く上市したいという事業化レベルでは、だいぶ目標にする培養肉が違うのではないかと思っています。
今、いち早く上市しようと思っているのは、いかに大量に安く細胞を培養して、それを肉として成形して売るかということで、ゼリーの中に細胞を混ぜていかにお肉の味を出していくか、あるいはそれを3Dプリンターで大きくプリントしてお肉に見せていくか、その味をどう突きつめていくかということで、ミンチ肉とか、フェイクミートのあたりが今ビジネスの世界ではしのぎを削っているところだと思います。
一方で研究者としては、もっと基礎の部分で、例えば僕らのように、動物の筋肉を切り出したのと同じくらいの形態や機能を持った3次元組織をいかに体外で作るかというようなことにトライしています。また、今までは細胞を培養するときにお皿の上で培養しているので、大量に培養するとなると、お皿が何万枚と必要になってくるというような状況だったのですが、それだとあまり効率が良くないだろうということで、ビール樽や醤油樽のような大きなタンクの中に細胞を混ぜて、ゴロゴロと溶液の中で増やしていこうとしています。
そのときに、今までの培養液はコストが結構かかっていたのですが、いかにコストダウンさせるか。植物性由来の素材だけで培養液を作るにはどうしたらいいのか。あるいはその培養液をリサイクルするにはどうしたらいいか。そのような、いろいろな研究がされているという世界ではないかと思っています。
日本では、実は僕らがやっているように、3次元の組織をどうやって作っていくかということで、再生医療や組織工学の分野でそれに関するいろいろな技術ができているのです。なので、僕らも含めて、3次元組織のお肉を作っていく上では一歩リードしているのではないかと思っています。
●培養中の安全をいかに証明するか
―― あと、これは消費者の目線で気になるところだと思うのですが、いわゆる安全性において危険な要素はあり得るものですか。
竹内 今のところ僕らが取っている細胞は、食肉の細胞から取っています。例えば、品川の食肉工場から食品として出されているようなお肉を切り出してきて、細胞レベルに分解して、培養して食べます。だから、細胞そのものの総数は、実は切り出した直後にBSEの検査や放射線の検査などもしているので、そのまま食べても大丈夫です。
なので、あとは培養中に身体に悪いものを使っていないか、あるいは身体に悪いものが自然発生的に出てきてしまわないかというようなことだと思います。そのあたりを1つ1つつぶしていく、つまり「そうではない」というデータを今、取り続けているという状況です。
これは、何々が入っていませんかというようなことをやるのですが、それはどんな物質か挙げたらきりがないので、何が一番気になるポイントで、何が入っていなければいいのか、というような大きなポイントをしっかりと、僕らの中でまずは作って、その妥当性として「こういう物質は最終形態の中には一切入っていません」ということを示していくことが重要かと思っています。
例えばプリオンです。BSEの問題となっているプリオンタンパクが細胞培養の中で出てきていないかなどです。それは(実際には)出ていないわけですが、そういうものがないという証明です。
あとは、例えば通常、牛を育てていった中で遺伝子は変わらないのですが、遺伝子の周りにある「エピゲノム」と呼ばれる、ちょっとした物質がどの細胞も違ってくることです。培養肉になると、そのばらつきがどのくらい変わってくるのかというところも調べるべきだというご意見もあるので、どのくらい遺伝子の周りの変化があるのかということを調べなければいけません。
当然、変な遺伝子が入り込んだりとか、遺伝子そのものが何かで置き換わったり、ということは、今は一切ないのですが、培養中にもそういうことが起こっていないということをしっかり示しながら、安全性を担保していこうと考えています。
●社会に受容される技術で培養肉研究を発展させる必要がある
―― 最後の質問になりますが、昔のSF小説やSF漫画の世界ですと、クローン的なものの怖さのような話や、肉が全部石油で作られるようになる未来など、いろいろな描かれ方がされてきたと思います。人間がこれまで考えきた未来図の中で、先生が実際に培養肉に取り組まれていて、どういうところに可能性や夢があ...