●そもそも「マズルカ」とはどんな意味か
―― それでは第2話といたしまして「ショパンとマズルカ」というテーマでお話をうかがいたいと思います。
「マズルカ」と名付けられた曲がショパンにはたくさんありますが、ほかではあまり聞かない気もします。そもそもマズルカというのはどういうものなのですか。
江崎 はい、マズルカは民族舞踊になります。もともとはポーランドでも農村部、ショパンの生まれたマゾフシェ地方のようなところで盛んでした。そこだけではなく、ポーランド中のいろいろな地方で親しまれてきたのです。日本にも、地方地方でいろいろな踊りがありますが、それと同じようなものです。
農民の踊りといったらいいのでしょうか。華やかな民族衣装を着た三つ編みの女の子と、ブーツを履いた男性がペアになって踊るというものですが、もとは農家の人たちが踊っていたのが、だんだん貴族的なものになっていきます。もともとは、弦楽器などにしても本当に素朴な楽器を用いて、村の人たちが踊るというものです。
―― 今回、江崎先生に音源をご用意いただいていますので、少しその雰囲気を聴いてみたいと思います。
江崎 はい。当時の楽器を使っているものです。
―― 当時の楽器ですね。ちょっと聴いてみましょう。
(♪:『Zrodla muzyki Chopina』〈Narodowy Instytut Fryderyka Chopina〉の付属CDより引用)
―― 非常に素朴でもありますし、やはり東ヨーロッパっぽいのでしょうか。場合によると、トルコ方面の雰囲気もなんとなく感じるような……。
江崎 そうかもしれません。とてもスラブな音楽かもしれないですね。
●マズルカを構成する「マズル」「クヤヴィヤック」「オベレク」
―― いわゆるショパンのマズルカとはずいぶん違うな、と。でも、これがもともとの…。
江崎 そうです。15歳ぐらいの頃から夏休みをシャファルニアという田舎町で過ごして、こういう踊りを見て一緒に踊って、ショパンは感激するのですが、その要素をショパンは自分なりに(アレンジしていきます)。
もともとマズルカという名前には三つの踊りがあります。「マズル」「クヤヴィヤック」「オベレク」 というそれぞれテンポも違い、キャラクターも違うものが含まれます。大きく三つに分かれたものを、ショパンは全部一つのなかに取り込んで、まるで自分の音楽用語のように、この部分はマズル、この部分はクヤヴィヤック、この部分はオベレクというふうにしていきます。そうやって、自分なりにマズルカを芸術的なピアノ作品にしたんですね。
―― マズルカをピアノで弾いていただくとすると、特徴的にはどういうリズムがマズルカになるのでしょうか。
江崎 「マズル」というリズムからいえば、付点のリズムやアクセントがありますが、たとえば有名な【♪】。これはショパンのマズルカにあるのですが、「ヤンタタ~タ、ランタタ~タ」といった付点のリズムなどがあり、どちらかというと騎士的な感じがいたします。田舎者ではあっても、やや誇り高い感じが伝わります。
次に「クヤヴィヤック 」というのは、とてもゆったりとしていて、【♪】。先ほども歌が出てきましたが、どちらかというと歌謡的なものです。【♪】歌に近い。踊るのだけれどもゆったりとしていて、ちょっと足を引きずるような感じで、ゆったりとエレガントな感じの歌、ないしリズムというふうになっています。
そして「オベレク 」というのは、「くるくる回る」「ひっくり返る」という意味からきた言葉で、とても速い動きになっています。【♪】、とても【♪】。左手にアクセントがついて、右手は【♪】八分音符がくるくるくるくる回るような、一番速いテンポのリズムになります。
これらをショパンは一つの作品のなかに、ずっと同じリズムではなくて、いろいろと使うわけです。
●ショパンが「日記のように」書きついだマズルカ
―― それで、ショパン流のマズルカというものが出来上がってくるということですね。
江崎 もともと民族舞踊には「○×地方のクヤヴィヤック」とか、「△△地方のオベレク」のように言われるものが多いです。しかし、ショパンのマズルカはそうではなく、一つのマズルカ作品のなかにいろいろな音楽の表現としてリズムを巧みに使っているということです。
―― ある意味では芸術的に昇華していくようなイメージになるのでしょうね。
江崎 そうですね。だから、ショパンのマズルカは、実際には踊れないということになります。いろんなテンポになったり、ルバート(=テンポを揺らすこと) が入ったりするので、踊ることはできないわけです。
―― なるほど。あと、ショパンがこのマズルカに非常にこだわりを持っていて、作曲を始めたばかりの子どもの頃から絶筆となる最後のときまで、一貫してマズルカ...