●初期の「踊れる」マズルカから「踊れない」マズルカへ
―― それでは実際にショパンがマズルカを書くとどうなるかということで、演奏いただきたいと思います。最初に演奏いただくのが「マズルカ第5番 作品7-1」ということですが、これはどういう曲になりますでしょうか。
江崎 はい。先ほど「マズル 」というリズムでは付点が入って、やや騎士的な感じで誇り高い踊りだと言いましたけれども、まさにこれはそういう喜びにあふれた作品で、溌剌としたイメージです。
マズルカでは、どちらかというと足踏みをして地面をキュッと蹴ったりしますが、ワルツなどとは違って3拍目にアクセントがきます。ワルツでは「“1”・2・3」と1拍目に重みがあってくるっと回りますが、「1・2・“3”」とアクセントが来たり、何かつっかかるような感じがあったりするのです。
三つ編みの女の子がその三つ編みを体にぶつけて踊るような、とてもそういう威勢のいい感じですね。
―― ぜひ聴いてみたいと思います。よろしくお願いいたします。
江崎 はい。
(♪:ショパン作曲 マズルカ第5番 変ロ長調 作品7-1)
―― ありがとうございます。今教えていただいた「女の子が三つ編みをぶつけながら」という情景を思い浮かべながら聴くと、本当に雰囲気が伝わってくるような感じがいたします。ただ、このマズルカというのは非常に変容していくというか、いろいろなマズルカになっていくわけですよね。
江崎 そうですね、今演奏したのは、村の踊りというか、先ほどちょっと聴いていただいたような楽器で、みんなが楽しんで踊っている、もしかしたら踊れるかもしれないような作品でした。
ところが、だんだんショパンは、郷愁やポーランドを思う悲しみのような気持ちをマズルカにしたためていきます。楽しい踊りだけではなく、そういう気持ちを和声に反映したり、和音のグラデーションのような感じといったらいいのでしょうか、その色彩に自分の気持ちを込めていく。それで不協和音が入ったりするし、踊りというものを出すのではなく、踊りというリズムを使って、全然違う自分の人間的な感情を表す。マズルカをショパンがそのように芸術的な作品として高めていくというのが、だんだん作品番号が先にいけばいくほど、その雰囲気がとてもよく分かります。
●色彩豊かなマズルカに込められた切実な郷愁
―― そのように(ショパンが)自分の思いを綴るようになったマズルカを次にご紹介いただきたいと思います。次に弾いていただきますのは「マズルカ第27番、作品41-1」ということですが、これはもう晩年に近い頃ですか。
江崎 これはマヨルカ(島)時代の作品ですが、もう本当に後期に入っていく頃の作品なので、とても色彩豊かです。でも、この作品は、ショパンが意図して書いたのか、そうではないのかが分からないのですが、とてもよく似た民謡があります。ショパンはいろいろな民謡を、マズルカのなかに取り入れている。それは無意識のうちに入っているのだと思いますが。ぜひ聴き比べていただきたいと思います。
―― その民謡というのはどういう曲なのですか。
江崎 ええ、この歌は、草原というか、森でもなく林でもない自然ゆたかな田舎の風景のところから、かわいい女の子が、かごに入ったバラを持ってくるという歌詞から始まる民謡です。
【♪】という民謡です。この【♪】というのが全然違う雰囲気で、【♪】というふうに、まったく違うふうに変化していきます。
―― そうですね、全然違いますね。
江崎 そうですね。リズムが同じだったり、メロディーの雰囲気が同じだったりしますが、調はもちろん違います。そういう民謡、いつも自分が聴いていたであろう民謡を、心のなかで遠く遠くにある昔の記憶として(よみがえらせる)。でも、現実には自分はポーランドにはいられないので、そういうものを涙しながら聴いているかのような作品になっています。
―― はい。それではその「マズルカ第27番 作品41-1」ですね。ぜひよろしくお願いいたします。
江崎 はい。短調と長調が入れ替わるところがとても素敵です。
―― はい、よろしくお願いいたします。
(♪:ショパン作曲 マズルカ第27番 ホ短調 作品41-1 )
●原点と到達点を往還しながら味わう魅力
―― ありがとうございます。短調と長調の移り変わりということもうかがいましたが、非常に「たゆたう」といいますか、いろいろな方向に流れていくような(イメージです)。
江崎 同じメロディーが、静かに始まって、繰り返しになり、そこから抜け出そうとして、また戻るということを繰り返して、最初の民謡と同じような雰囲気の部分が、最後では絶叫するかのようにフォルテになる。これは「パルマのマズルカ」と呼ばれています。この曲はマヨルカで描か...