●ショパンの恋愛が反映された名曲たち
―― では、続きまして、「ショパンの恋」というテーマでお話をいただきたいと思います。ショパンの生涯を追ったなか(第1話)でも、マリアとサンドという二人との恋を、とくにピックアップさせていただきました。ショパンが自らの芸術を書いて、高めていくなかで、恋愛というものはどういう影響をしたと江崎先生はお考えですか。
江崎 そうですね。まず、彼の初恋はコンスタンツィアという音楽院のときのお友達だったようです。
その人のことを思って書いた作品は初期からあり、コンツェルト(ピアノ協奏曲)第2番第2楽章はじめ、ワルツなどにもあります。
(そして)マリアとは本当に結婚するはずだったわけで、二人で幸せになるはずだったと思うのですが、恋が成就しなかったというところにおいて、音楽への影響はとてもたくさんあったと思います。ショパンが憧れる女性への気持ちは作品のなかで、いかにもショパンらしいパッセージや、激しい気持ちとして現れます。やはり恋愛の気持ちというのは特別なので、夢見るような、感情の起伏のような点で、作品のなかでたくさん展開されるものになっていったと思います。
―― はい。そうしましたら、まずはそのマリアにまつわる曲というのを。
江崎 そうですね。これは正式にはマリアに献呈したものではないですが、「別れのワルツ」といわれる(作品です)。ショパンがマリアにしたためてきた手紙をまとめて紙に包んで、「わが悲しみ」というふうに書いて紐で結びました。今でもその実物が残っているのですが、そうやってまとめてしまう。
マリアとは結果的に別れることになりますが、この作品はまだ別れる頃ではないときにマリアのことを思って書いた、マリアの肖像画のような作品ではないかと思います。皆さんもよく知ってらっしゃる作品ですけれども。
―― 「ワルツ第9番 作品69-1」ということでございますね。どうぞよろしくお願いいたします。
(♪:ショパン作曲 ワルツ第9番 変イ長調「告別」 作品69-1 )
―― 先ほど「肖像画のような曲だ」というお話がありましたが、そう思って聴くとまた、いろいろなイメージが膨らみそうな曲ですね。
江崎 そうですね。
●マリアとの別れ、サンドとの出会い…サンドの献身で生まれた数々の作品
―― マリアとの婚約は結局のところ、ショパンが結核だからということで…。
江崎 親にも大反対を受けたのですね。
―― 反対されて絶望のうちに閉じていくことになる。その次に出会ったのがサンドということで、先ほども非常にボーイッシュというか、当時としてはかなり先進的な女性で、しかもこれはサンドが大いに惚れて。
江崎 そうですね。
―― そういうことになるわけですね。
江崎 ぐいぐいとショパンを(笑)、引きずり込んでいったというイメージでしょうか。
―― そういうかたちですよね。ですから、人によると、口が悪い方などは「サンドと結ばれてしまったがために(ショパンは)寿命が短くなったのではないか」と。
江崎 (笑)
―― たとえばビートルズなどでも、ジョン・レノンさんがオノ・ヨーコさんと結ばれたことをやいのやいのと言う方もいます。
江崎 うん、いらっしゃいますね。
―― それと似たようなかたちでショパンとサンドの関係を言う方もいますが、江崎先生ご自身は、どのように見ておられますか。
江崎 ええ、私はそうではなくて、ジョルジュ・サンドの献身性、母親にも似たショパンを守るという(姿勢ですね)。そして(彼女も)芸術家だったので、ショパンがいかに生みの苦しみではないですが、さんざん苦しんだ末に素晴らしいものを生み出していくことを一番理解していたと思うのです。
もちろん結核ということもあったし、サンドと一緒にいることで大きなストレスになることもたくさんありました。サンドと前の旦那さんとの間の子どもとの諍い(いさかい)もあったりして、結局、幸せにはなれなかったわけですから、寿命を縮めたかもしれません。けれども、私はそうではなく、ショパンがあれだけの傑作をあの病のなかで書くことができたところにおいて、また、外国でいろいろなことがあるなか、ショパンがいろいろな困難を乗り越えて、あれらの作品を生み出していったのは、やはりサンドがいたからだと考えています。
●2曲のワルツで、ショパンの繊細な感情の陰影を聴く
―― はい。そのサンドと恋愛関係にあった時期の象徴的な曲としてご紹介いただきたいのですが、今日ご紹介いただくのはどんな曲でございますか。
江崎 はい、これは恋愛といってももう終わりのほうといっていいと思うのですが、今、マリアとの作品のワルツを弾きましたので、ワルツを2曲弾かせていただきたいと思います。
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