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バッハは私たち現代人とは異なる感覚で作曲していた

バッハで学ぶクラシックの本質(4)バッハの作曲への姿勢

樋口隆一
明治学院大学名誉教授/音楽学者/指揮者
情報・テキスト
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
西洋クラシック音楽の源流は、宇宙までを巻き込んだ壮大な調和の世界の中に存在した。バッハはそうした流れを汲み、天才的な作曲家であったにもかかわらず、常に作曲に際して神に助力を乞い、そして作曲後は神に感謝していた。こうした伝統的な価値観は、啓蒙主義の出現とともに衰退し、現代ではほとんど見られなくなっている。バッハの自筆譜などを用いながら、バッハの作曲の背景にある価値観に関して丁寧に解説する。(全9話中第4話)
時間:10:18
収録日:2019/09/19
追加日:2019/11/07
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≪全文≫

●宇宙の調和としての音楽という考え方は啓蒙主義の出現とともに衰退


 前回お話したように、天空に一つの調和としての宇宙の音楽があって、そしてまたその上には哲学があります。そして哲学は、実は神様のことを知るための学問だということです。

 こうした考え方は、古代にはキリスト教がなかったから発展したのです。ですので、キリスト教の世界になるとまた考え方が変わって、キリスト教の神様が一番上にあるという理解になりますが、構造自体は変わりません。実際の音楽は、こうした神秘的な調和を実際に体験するためにあるという考え方です。古代ギリシア・ローマ、そして中世ヨーロッパを通じて、キリスト教が発展していきますが、キリスト教の教会音楽の根底に、こうした考え方が存在し、そのもとに素晴らしい音楽が作られてきたという事実は、案外知られていないことだと思います。

 こうした音楽家は音楽によって神様に、そしてもちろん社会に奉仕しているという世界観は、バッハが生きた18世紀頃までは基本的に変わりません。学校でもこうした考え方を教わっていました。

 しかし、バッハが生きていた1730年頃から、徐々に啓蒙主義が普及してきて世知辛くなってきました。啓蒙主義には良いことも多くあります。しかし、例えば先に述べたような考え方を「迷信だ」と言って軽蔑しました。迷信かもしれませんが、ものの考え方としては美しかったのです。

 そして、もちろん自然科学もこうした考え方と関係がありました。例えば先ほどの星座の話は、天動説に基づいています。キリスト教聖書に書かれている通り、天動説を取っていました。しかし、ガリレオ・ガリレイが「それでも地球は回っている」といい、地動説を主張しました。こうした変化をコペルニクス的転回といいます。人間の考え方がガラリと変わって、これまでの考え方を全部懐疑して、考え直そうということです。そのこと自体は良いことです。しかし、そうした考え方が例えば神の否定につながる。神様など信じたってしょうがない、ということになる。それで私たちの生活が終わるかというと、そうではありません。

 日本人は案外、宗教的な人間だと思います。宮参りやお寺詣で、お盆などに見られるように、日本人は生活の中で1年中、超自然的なものに対する畏敬の念を持ち続けています。徐々に世界は宗教から離れつつあるというのが難しいところです。


●天才でありながらあくまで神の助力に感謝するバッハの姿勢


 さて、バッハはこうした考え方とどう異なるのでしょうか。彼はとにかく古い、伝統的な考え方で仕事をしてきた人なのです。少しバッハの楽譜を見てみましょう。これはバッハの「クリスマスのためのカンタータ」です。教会の音楽です。

 これはオーケストラがワーッと盛り上がるところなので、少し小さいのですが、一番左の部分にタイトルがあって、そこに「JJ」と書いてあります。これは「Jesu Juva」、「イエス様、お助けください」という意味です。なぜこのようなことを書いたのでしょうか。

 これから作曲するということは、大変な仕事なのですね。自分1人ではできません。バッハのような大天才でも、自分1人ではできないと思って、「どうか、イエス様、この貧しい私をお助けください」と言ってから、題名を書き、これだけの曲を作り上げたのです。そのわりには、上から下まで一気に書いてしまうのですね。こんなにさっさと書けてしまう人はバッハとモーツァルトで、この2人が双璧ですね。こんなにきれいな原稿をもらえば、編集者は喜ぶでしょう。今はみんなワープロだからきれいですが、昔は手書きで編集者泣かせということがありました。

 そうして1曲をおよそ1日か、2日で書いてしまうのです。これは最後のページですが、コラール(讃美歌)が来て、そしてフィーネ(fine)とあります。終わりということです。そこに「SDGL」と書いてあります。「Soli Deo Gloria」、つまり「ひとり、神の栄光のために」と、神様を賛美して終わるのです。

 作曲の場合、私たち現代人は作曲者個人が天才で、だからバッハはすごいと考えます。しかし、バッハ自身は、実際もそうであるわけですが、まず「神様、イエス様、お助けください」とお祈りして初めて神様に導かれてようやく完成したという非常に謙虚な気持ちで曲を書いていました。こうした宗教曲だけではなくて、他の作品も実はそのような気持ちで書いていたのです。その点は少し現代の感覚とは異なるのです。


●宇宙の調和の表現こそバッハの音楽


 こうした考え方を、18世紀半ばぐらいまでのヨーロッパの古い伝統的な考え方の人たちは持っていました。キリスト教の倫理だけではなく、とにかく生活全てがキリス...
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