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クラシック音楽の源流はキリスト教の聖歌である

バッハで学ぶクラシックの本質(6)聖歌からの音楽の発展

樋口隆一
明治学院大学名誉教授/音楽学者/指揮者
情報・テキスト
キリスト教の聖歌は、非常に長い歴史を持っている。はじめは小さな修道院で単純な歌を歌っていたが、徐々に都市が成立するとともに、生活が複雑かつ巨大なものとなると、それに伴いポリフォニーや対位法といった複雑な作曲技法が発展してきた。こうした発展過程から、今日も聞かれているクラシック音楽の源流が生まれてきたのである。樋口隆一氏が解説するいくつかの作曲家のミサ曲を聴きながら、クラシック音楽の豊潤な歴史に思いを馳せるのも良いのではないだろうか。(全9話中第6話)
時間:08:21
収録日:2019/09/19
追加日:2019/11/21
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≪全文≫

●キリスト教の聖歌がクラシック音楽の源流である


 初期キリスト教も、詩篇を歌いました。まず修道院で小さいグループを作って歌を歌い、神を賛美しました。それは単旋律の聖歌で、「グレゴリオ聖歌」と呼ばれます。毎日お祈りの歌があって、その中で徐々に「典礼」というお祈りの形式が定められていきます。ミサの典礼です。

 ミサはどのようにしてあげるか、言葉はどのようなものか、どのようにお祈りするかといったことが全て決まっていて、1冊の本に書かれています。例えば、よく歌われるのは「キリエ」や「グローリア」など、五つの部分がある通常文です。そうしたものが定まっていって、それをみんなで歌っていたのです。

 中世の世界が徐々に経済的に発展していくと、都市が成立してきます。それまで小さな村の場合には、みんなの集会所である教会も小さくて済んだのですが、都市ではそうはいきません。

 この間(2019年4月15~16日)、火事になったパリのノートルダム大聖堂は、大きいですよね。あそこに入ると、確かに本当に神秘的な、神様の世界が開けてくるような気持ちになります。ステンドグラスから美しい光が入ってきて、そこにオルガンが鳴ると、誰しもお祈りしたくなるという、素晴らしい場所です。

 その聖堂の大きさゆえに、グレゴリオ聖歌のような単旋律、つまり一つのメロディでは少し物足りなく感じます。より演出が必要になってくるのですね。そこで始まったのが、一つのパートは聖歌をゆっくりと歌い、別のパートは第2、第3のメロディをつけていくという形式です。このように、複数のメロディを同時に歌うことを、「多声(ポリフォニー)」と呼びます。そうした音楽が生まれたのです。12世紀から13世紀に、パリのノートルダム大聖堂を中心に、「オルガヌム」というジャンルが始まります。


●複雑化していく聖歌の中から新たな作曲技法が急速に発展した


 そうなると、ただ適当に歌うのではなく、きちんと作曲する必要があります。この音に対してはこの音と、音を組み合わせていかなければならないので、その法則が発見されました。このように、すぐに法則を発見する点が、いかにもヨーロッパなのですね。そうしたものが好きなんですね。それがピタゴラス精神です。

 こうした法則を「対位法」と呼びます。もともとは「punctus contra punctum」で、これは「点対点」という意味です。点は音符のことを指します。例えば、「ド」という音があり、その次に「ソ」という音があります。ドとソであればよく響きますね。ドとファも響きますが、ドとラは少し違う。ドとレは良くありません。このように、協和音と不協和音の関係を上手に塩梅しながら、音と音を置いていく技術のことを、英語では「counterpoint」、日本語では「対位法」というのです。

 こうして、作曲の理論はこの時期にあっという間にできてしまいました。非常に早いのです。これは、修道院や教会を中心として、確固たる学問の伝統があったためです。音響学や数学、幾何学などの非常に細かい部分が分かっていたから、それらを作曲の理論に応用することができたわけですね。この点が、西洋文明や西洋文化が世界をリードすることになる大きな原因だと思います。

 多声音楽、もしくはポリフォニー音楽ともいいますが、すでに15世紀、16世紀には技術的にも、あるいは内容的にも最高のレベルに到達しています。例えば、いわゆるミサ曲があります。ミサ曲は、通常文の五つの部分に関して作曲した作品です。その理由は、通常文は1年中、いつ演奏しても良いからです。他の部分は「固有文」といって、例えばクリスマス第1日目しか歌ってはいけない聖歌があります。こうしたものを基礎にして作曲しても、1年に一度しか演奏できません。通常文に作曲をするといつでも使えるので、非常に経済効率が良かったのですね。こうしたいわゆるミサ曲の伝統は、14世紀から始まりました。


●さまざまな作曲家が作った華麗なミサ曲たち


 最初のミサ曲は、ギヨーム・ド・マショーという人が書いた「ノートルダム・ミサ曲」です。パソコンで「マショー ノートルダム・ミサ曲」と検索すると、聴くことができるので、そうして聴いていただいた方が速いと思います。

 あるいは、デュファイという初期の作曲家の1450年頃のミサ曲に、「もし私の顔が青いなら」という曲があります。変な名前ですよね。こんなミサ曲、おかしいなと思います。実はこれは、「もし私の顔が青いとしたら、それは私が恋をしているからよ」という、ラブソングなのです。ラブソングのメロディを使ってミサ曲を書くなど、とんでもない話なのですが、実はこれが宗教と世俗が渾然一体となったルネサンスの時代なのです。だから、こうした曲が生まれることもあって、面白いのです。こうしたものは、シャンソンに基...
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