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ルター派の音楽を受け継ぐ最後の後継者として現れたバッハ

バッハで学ぶクラシックの本質(7)宗教改革と音楽の変化

樋口隆一
明治学院大学名誉教授/音楽学者/指揮者
情報・テキスト
これまで見てきた教会音楽の隆盛は、宗教改革によって大きくその様相を変化させることとなる。腐敗した教会制度を厳しく批判し、宗教を一般人にも分かりやすいものとして身近なものとしたルター派の宗教改革は、よりなじみやすいルター派の教会音楽の流れを生み出した。今回は、ルター派の流れをくむ音楽家の最後の一人としてのバッハの立ち位置を強調し、ヨーロッパの複雑な宗教と音楽の関係を描き出す。(全9話中第7話)
時間:10:26
収録日:2019/09/19
追加日:2019/11/28
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≪全文≫

●ルターの宗教改革がヨーロッパの文化を激変させる


 ルネサンスの時代は、教会音楽が大変に盛んでした。しかし、やはり行き過ぎると良くないことが起こります。本来は教会にはお祈りに行くものですが、音楽会だと思って行く人が非常に増えてきたのです。実は人間の本音としてはそういうものです。それを否定してはいけませんが、「それでは困る。そんなラブソングを聴いてお祈りするのはけしからん」という立場を教会は取りました。そういわれるのももっともではありますが。

 ちょうどその頃、長く権威を持っていたローマ教会が堕落して、金権主義が指摘されるようになりました。例えば、サン・ピエトロ大聖堂を建てるということで、ローマ教会は多くのお金を持っているのだから自分たちのお金で建てれば良いのに、全ヨーロッパで募金を求めるキャンペーンを行いました。それ自体は良いことですが、方法が悪かったのです。学のない、何も分からない人たちに、「寄付しないと地獄に落ちる」などといって脅して、免罪符(贖宥状)を売りつけました。しかも、その売り上げを世俗の支配者の王様と山分けにしたのです。そうしたひどいことが行われたわけです。

 そこに、大真面目だったマルティン・ルターというドイツの修道士でヴィッテンベルク大学の神学の教授が、ローマ教会を諫める95カ条のテーゼ(論題)とドイツ語ではいいますが、これを教会の扉に張り付けました。

 この時期は、ちょうどメディア革命が起きた時期でした。グーテンベルクの作った活版印刷が普及していました。このルターのテーゼは即印刷されて、1週間のうちにドイツ中に、そして1カ月で全ヨーロッパに流布してしまいました。これはすごいことです。メディア革命です。

 誰もがおかしいと思っていたのですね。ローマのピエトロ大聖堂を建てることは良いと思うが、そのお金の集め方はおかしい、と。しかし、教会は絶対だったので、そのことについて言えませんでした。ルターが言ってくれたので、みんながそれに同調して大変な騒ぎになり、宗教改革が起きてしまったのです。これが世界を揺るがすことになります。


●宗教改革によりルター派の音楽とカトリックの音楽が分裂


 このルターによる宗教改革は、1517年に始まりました。この宗教改革では、カトリックの全てを否定したわけではありませんでした。当時のルター派の教会音楽は、ほとんどカトリックのものと変わりません。大きな変化は、それまでと異なり、ルター派聖書をラテン語ではなくドイツ語に翻訳したため、これによって、一般人でも聖書を読めるようになり、自分で考えるようになったことです。

 それからもう一つ。それまでの聖歌は難しいラテン語の、ありがたいお経のようなものでした。これを、みんなが自分の言葉で分かる、ドイツ語のコラールというものを設定して歌うようにしました。しかも、メロディもみんなが知っているものを使うなどしました。ルターは、宗教の大衆化運動をしたのですね。これは大変ヒットしました。

 その結果、ヨーロッパの中で南ドイツはカトリックが残りましたが、ドイツの中部ほどから北部の方にかけて、さらには北欧でも、多くの人々がプロテスタント(新教信者)になってしまいました。この変化は、カトリック教会にとっては大きな打撃でした。そのことによって、誰が考えてもやはり金権体質は良くないと、反省をしました。それが反宗教改革、対抗改革と呼ばれる運動につながります。ルターに対抗して、カトリックも自分たちで改革しなければならないという運動ですね。

 そして、教会のさまざまな制度をもう一度考え直そうということになりました。例えば、トリエント公会議が挙げられます。トリエント(イタリア語では「トレント」と呼ばれる町)は、かつての南ドイツ、現在ではイタリア内部にある南チロル地方に位置しています。アルプスを越えてベネチアの方に降りてくる途中にあるトレントで、公会議を開きました。これは偉い聖職者たちが集まって、さまざまなことを議論するという催しです。

 さらに、カトリックの粛清運動も挙げられます。音楽に関しても、あまりラブソングに基づくミサ曲は良くない、と批判しています。プロテスタントでは、大衆化路線を取っていますが、カトリックは引き締め路線を取りました。どちらも違う路線を取る必要がありますからね。

 例として、パレストリーナという人のミサ曲を取り上げましょう。この人は調子が良い人で、そうした新しい動きにフィットした新しいスタイルで作曲しました。その特徴としては、まず歌詞が明瞭です。これは重要です。あまり難しい音楽では、聴いていても意味がよく分かりません。それから、声部の進行、メロディが控えめです。あまり飛んだり跳ねたりしません。それから、秩序を重んじる作曲法も大きな...
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