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ピタゴラスが発見した音楽理論…宇宙の調和と天空の音楽

バッハで学ぶクラシックの本質(3)宇宙の調和と音楽

樋口隆一
明治学院大学名誉教授/音楽学者/指揮者
情報・テキスト
音程を研究するピタゴラス
なぜ音楽はリベラルアーツの一部として重要視されてきたのか。実は、「音楽」という言葉には、現代的な意味よりもはるかに大きい世界の調和を示す意味があった。その中で現在の意味での音楽は、ピタゴラスの発見などによって、宇宙と人体の調和を表現する神秘的な意味を持つとされ、学問的追究の対象となっていったのである。(全9話中第3話)
時間:13:43
収録日:2019/09/19
追加日:2019/11/01
カテゴリー:
キーワード:
≪全文≫

●三つの音楽という考え方


 なぜ音楽がこのような四つの学問の一つとして重要視されてきたのか。それを知るためには、当時の人たちが考えていた宇宙の調和、あるいは「天空の音楽」といったことを理解する必要があります。

 宇宙の調和のことをラテン語では「harmonia mundi」といいます。レコードのレーベル名にもなっています。宇宙が音楽を奏でているという考え方です。最近では、遠くの銀河から来る電波を受信して意味を考えようということもいわれていますが、そうではなくて宇宙そのもの、天空が一つの調和に支配されているという考え方です。それは誰もが見れば分かることなのです。12の星座が規則的にめぐってきます。惑星も規則的に動いています。天空は非常に確固たる法則に基づいて動いていて、それが人間に影響を与えるという理解なのです。

 その全てを、当時の人たちは音楽(musica)なんだと考えました。当時の人たちにとって、調和(harmonia)ということと音楽(musica)ということはほとんど同義です。そして、これは万物の調和全てなのですね。

 当時の人たちは、三つの音楽、あるいは三つの調和があると考えました。ボエティウスという人が音楽の本に書いていますが、最初の音楽は宇宙の音楽です。「Musica mundana」、これは、天と惑星の協和の重要性を説きます。火、水、気、地(土)の4大元素と昔はいわれていたのです。今、エコロジーの問題で、調和が崩れているために猛暑やひどい嵐に見舞われたりしていますね。愚かな人間によって自然が壊されているのです。ですから、そうした調和が重要だと、大昔からいわれているのです。人間ならば皆、感じることなのですね。

 そして、時間の協和もあります。時間も不思議なものですね。音楽というのは時間芸術といわれていますが、つまり歌を歌うことは一つの特別な時間を作り出すのです。その音楽が美しい調和を持っていると、幸せな時間になります。その中で、例えば突然、交通事故などが起こってしまったら、全てがぶっ壊れてしまうわけですが、そうではなくて、幸せな時間を私たちは過ごしたいわけです。そのために実は音楽があるということです。そうした時間の協和もあります。これらを全てひっくるめて、「宇宙の音楽」と呼んだのです。

 第2は人間の音楽です。「Musica humana」と呼ばれました。これは東洋、漢方と同じような考え方ですね。精神のさまざまな部分の協和、つまり精神のバランスが取れていなければなりません。現代人はこの精神のバランスが崩れており、そうなると病気になりやすくなるわけです。それから、身体の各部にも協和があります。血液などのさまざまな身体の要素もバランスが取れていなければなりません。そして、もちろん精神と肉体、あるいは身体の協和も重要です。

 これは、現代人が一番求めていることではないでしょうか。昔の人はすでにそのことを指摘していたのです。古代の人々は本当に本質を捉えていたなと思います。

 そして第3の音楽が、「Musica instrumentorum」と呼ばれます。翻訳にはいろいろあります。簡単なのは「楽器の音楽」いう訳ですが、「instrument」という単語は楽器だけではなく、喉などの器官も指します。とにかく、私たちが知っている実際に鳴り響く音楽のことを、「Musica instrumentorum」と呼びました。

 楽器にも3種類あって、張ることによる楽器(弦楽器)、それから息による楽器(管楽器)や声楽も含まれます、そして、打つことによる楽器(打楽器)があります。なるほどということですね。


●三つの音楽がお互いに呼応して対応関係にある


 実はこの三つの音楽がお互いに呼応して対応関係にあるというのが、ギリシアの人たち、おそらくピタゴラスなどの考え方なのです。しかし、この宇宙の音楽に関しても、なんとなくそのように感じられます。人間の音楽に関しても、私たちは実感として、暑かったり寒かったりすると体調が崩れて、感じ取ることができますね。それでも、目に見るなどして音楽そのものを知覚することはできません。

 しかし、実際の音楽は、宇宙の音楽や人間の音楽と非常に似ているものではあるらしいけれども、音による音楽だけは皆が聴いて、楽しむことができます。だから、音による音楽のことを調べましょうという考え方なのです。

 こうして音楽の理論的な研究が始まりました。理論的な研究は、中世のヨーロッパの大学では大変重要視されました。これは音楽そのものを対象とするよりも、むしろ宇宙論的な意味、哲学的な意味から理屈によって考えられました。思弁的な音楽とよくいわれます。

 こうした学問はあまり面白くないので、実際には音楽の理論だけになっていきます。しかし、逆に現代人の目から見ると、昔の思弁的な音楽の考え方というのは面白いですね。しかも、これ...
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